次から次に出る新しい真実!~森友問題の張本人が「国税庁長官」で確定申告は乗り越えられるのか?~

すでに昨年の8月18日付けで掲載したブログで、佐川国税庁長官の就任記者会見をしなかった事実や彼の部下である税務の最前線にいる約5万人の税務職員の苦悩、そして納税者が「今こそもの言うことの重要性」を東京新聞から引用し紐解きながら書きました。それから半年を超え、いよいよ国民の一大イベントである確定申告が今月の16日から始まります。

この間、安倍首相は「国民が納得してくれるように親切でていねいな説明をする。」と言葉では発しながら、その疑惑には「だんまり」を一貫して通しています。そういう意味では、「ぶれない」精神力を持った御仁だと思いますが、別の角度で言えば「安倍一強政治」のなせる技だろうと思います。

財務省は3月9日、学園との交渉内容がわかる新たな20件の文書を国会に提出しました。「記録は廃棄した」という答弁は虚偽だったことがますます深まりました。野党の国家での「辞任要求」に対しても、虚偽答弁をした佐川宣寿(のぶひさ)氏の国税庁長官への任命は「適材適所」だとうそぶき多くの国民の怒りを買っています。

ところで私たち税理士の業界新聞に「税のしるべ」というものがあります。その1月8日号に佐川長官に対するインタビュー記事が掲載されていました。氏は、税のしるべの「29年分の確定申告に向けた納税者へのメッセージについて」という問の中で、税制改正で医療費控除の方法が変わることに対し「~医療費の領収書については、確定申告期限等から5年間自宅等で保管していただく必要がありますので、ご留意願います~」と答えています。開いた口が塞がりません。国会での答弁と180度違います。佐川長官の頭の構造はどうなっているのか私みたいな浅学非才な者にはわかるはずもありません。

ところで、2016年3月頃に行われた土地取引の責任者である佐川前理財部長の前任者は迫田秀典氏(いわば実行犯)で、その後佐川長官と同じように、国税庁長官に就任されていました。この御仁は、下関市豊北町出身で、山口高校から東京大学法学部、そして旧大蔵省に採用された超キャリア官僚です。私より二つ若い1959年生まれです。

その後、2017年7月の人事で国税庁長官が佐川氏になるのに合わせて財務省を退職されています。キャリア官僚は自分の同期が事務次官(各省庁の事務方トップ)になったら辞職するという慣例になっているそうです。新しく財務事務次官に就任された福田淳一氏は迫田氏の同期です。その慣例に従って退職されたと思われます。そして、今年の1月8日にTMI総合法律事務所という知的財産権が得意な大規模弁護士事務所(弁護士数は200人を超)の顧問に就任されています。

国会では、佐川長官の虚偽答弁のことはかなり追求されていますが、私は実行犯である迫田元理財局長のことも追求すべきだと思います。そうすると、民間人になった前川喜平前文部科学省事務次官のような答弁が得られるかもしれません。このままでは、「スルリ」と交わされる蓋然性が高いと思います。発想の転換をしてみることも有益かと個人的には思いますが、皆さんはどう思われますか?

安倍総理のお膝元のご当地、下関市の復活の鍵を考える

安倍晋三総理は、東京生まれの東京育ち、本籍は長門市にあるので厳密に言えば直接のお膝元とは言えませんが、選挙区の主たるところが下関市ですので「ご当地」と表記します。

下関市は、かつては鯨をはじめ水産業の基地として発展してきました。1950年からわずか3年ですが、大洋ホエールズの本拠地がご当地にありました。その後、捕鯨禁止になった影響は少なくありませんが、現在もフク(下関では幸福の福にかけてフグと濁りません)の集積地として有名ですし、アンコウの水揚げも日本一です。できれば、国策として、捕鯨の解禁を強く国際的にアピールして欲しいものです。現に、鯨の捕獲をしなくなって生態系に悪影響が出ています。

また、関門国道トンネルができた1958年までは、関門海峡を隔てた門司との連絡港としての役割も果たしていました。また、関門海峡を隔てて隣接する北九州市との関係もあり、工業都市でもあります。

観光資源(旧下関英国領事館、日清講和記念館、赤間神宮、功山寺、城下町長府、唐戸魚市場、海峡ゆめタワー、しものせき水族館、巌流島、角島など)の宝庫でもあります。

現在、下関市の人口は2017年12月で26.6万人となっています。しかし、1市4町が合併した2005年2月には瞬間的に30万人を超えて、同年10月には中核市になりました。現在中核市は、全国で48市ありますが、最近中核市になった人口22.3万人の呉市(2016年)や22.7万人の八戸市(2017年)を除くと26.0万人の函館市(下関市と同時期に中核市となりました)と同規模で下位から4番目です。今後も、少子高齢化の影響で大幅な人口減少が見込まれています。下関市と同じように水産資源と観光が主な産業として成り立っている北海道最南端の函館市と本州最西端の下関市は同じような構造を抱えている典型的な衰退していく地方都市の代表格と言えると思います。

水産業も工業も観光も人口減少と同じで衰退の一途です。商店街はシャッター通りと化しています。

私見ですが、今、日本は東京を中心として2020年の東京オリンピックに合わせるようにインバウンド効果でホテルの確保がままならない状況です。ここ下関も、「旨い魚が食べられる街」「様々な観光が楽しめる街」を全面に出して、国外からも国内からも観光客が呼べるような観光都市になるような街づくりにフォーカス(特化)してはどうかと考えます。しかも、「はこもの」ではなく「おもてなしの心」つまり、ハードからソフトへのパラダイムシフト(劇的な発想の転換)が必要だと思います。そうなると、語学堪能なボランティアガイドの育成や既存の観光資源のブラッシュアップ(さらに磨きをかける)や眠っている観光資源の掘り起こし、交通アクセスの整備など考えることがいっぱいあると思います。

私は、山口市の住人ですが週の内およそ4回は下関に通勤している、いわば「よそ者」かもしれません。ただ、余りにも「もったいない」と考える次第です。

自治体の地方創生が失敗する3つの理由(12月31日掲載)を総括し、下関市に「当てはめ」をすれば、帰結として「観光都市」へのパラダイムシフトが「解」になるのではと考える次第です。

ドイツの付加価値税(VAT)について~現地で見聞して改めて制度の違いを感じました~

年末から年始にかけて、二女が働いているドイツに行ってきました。その文化の違いを体感しましたが、その中でも付加価値税(消費税)のことについて報告します。

標準税率は19% です。軽減税率は7%で、非課税に該当するものがあります。

軽減税率の対象品目 は、食料品、水道水、新聞雑誌、書籍、旅客輸送、宿泊施設の利用等 です。また、非課税のものは、不動産取引、不動産賃貸、金融・保険、医療、教育、郵便等 があります。

注1)食料品は基本的に軽減税率が適用されますので、高級食材のトリフ、キャビア、フォアグラなどが7%の軽減税率となります。また、ペット用のクッキーが7%の軽減税率なのに人間が食べるクッキーは19%の標準税率です。矛盾していますよね。

注2)食料品の中でもチョコレート飲料も標準税率ですし、ハーブティーでも成分によって標準税率のものもあれば軽減税率のものもあります。ドイツ人は内税方式にすっかりなれているので何が標準税率になるのか、軽減税率になるのか意識をしていません。どんなものが標準税率か、軽減税率なのか、非課税なのか、その適用区分についてはカオスな感じです。

注3)水道水は軽減税率ですが、ペットボトルの水は標準税率です。因みにほとんどが硬水の炭酸水です。また、いったんデポジットが加算され、スーパーなどのリサイクルBOXで処分すればデポジットが戻ってくるシステムです。ペットボトルは、ほとんどが1.5リットルなので買い物の際はとても重たくなります。

注4)ホテル代は軽減税率が適用されますが、ベルリンでは別途5%のホテル税が課税されます。他の地域でもホテル税が課税されているところ(例えばドレスデンなど)もあります。

注5) ビールは、0.5リットルの瓶ビールは一本65セント(約88円)前後。これに8セントのデポジットが加算され、瓶を返却するとお金が返ってきます。ビール税も、0.5リットルあたり4.3セント(約6.5円)と格安(ビールの種類、醸造所の規模により幅があります)。日本では0.5リットルあたり約111円。ドイツの約17倍の税金が課されています。ビールは16歳から飲酒が許されています。またアルコール度数が高いワインは18歳からです。因みに、トイレはほとんど有料ですが、その料金は1ユーロ(約135円)が平均です。

注6)何より注目したのが、ドイツでは標準税率が19%で国税収入に占める付加価値税の割合が30%強であるのに、日本の消費税のそれは29%強であることです。もし、税率の引き上げが予定通りされたら、その割合はドイツを超えてしまします。現在ドイツでは、標準税率を引き下げる変わりに軽減税率を廃止するという論調が高まっているそうです。

さて、わが国では来年10月より消費税を10%にし、軽減税率するという既定路線がありますが、消費マインドがあがらない昨今の経済情勢下で増税をすべきかどうか、また、仮に増税しても僅か2%しか差がない軽減税率を適応すべきか大いに論議すべきです。

アレックス小倉さんの恋愛学講座を聞いて~恋愛にも、男と女の違いにも則性がある~

小学校・中学校の同級生でもあり、顧問先さんでもある方から、あるセミナーに参加してもらいたいとお願いされました。そのセミナーの様子をまとめてみました。

驚いたことが、ワインを飲みながら講演をされるということと、その中身が私の堅い仕事?とは無縁の「恋愛や男女間の思考の違い」でした。

講師のアレックス小倉さんのプロフィールをHPから簡単に抜粋して紹介します。昭和35年5月19日生まれ。出身地: 岡山県倉敷市。

娯楽の少なかった昭和40年代に幼少期をすごし、小学時代は父親に時折連れていかれた映画館が唯一の楽しみだった。中でも「シェーン」「駅馬車」「007シリーズ」等洋画のアクション映画に心をときめかした。中学一年生の時にたまたま当選した映画の試写会「ジャッカルの日」に感銘をうけ、それ以来狂ったように映画を見始める。

高校時代に映写技師のバイトを始め、様々な映画館に顔パスで入れるようになり、高校2年の時「一年間で映画363本を映画館で見る」という偉業を達成。さらには、高校3年の夏に処女監督作8mm映画「七月の風」を撮り、高校の文化祭で上映。見るよりつくる映画の楽しさを知り、日大芸術学部映画学科監督コースに進学(船越英一郎と同級生とのこと)。自主映画製作に没頭。製作資金の為に数々のバイトを経験し、最終的に一番収入の多かった銀座のクラブでのボーイに落ち着く。~映画を作るために東京に出て来たのにこのまま水商売の人生でいいのか?」と映画界への復帰を望んでいた時、「香港での新規立ち上げ店の責任者として3年働けば、帰国後は映画製作会社に入社を確約」という幸運な話が舞い込み即決。27歳で高級カラオケクラブと大型ディスコの責任者として香港に渡り、バブル全盛期に夢のような海外生活を経験する。

30歳で帰国後、映像制作会社で、映画・Vシネマを数々製作。愛と性をテーマに数多くの作品に脚本/監督/プロデューサーとして関わる。Vシネマの作品作りの参考にと始めた「恋愛心理学」「動物行動学」「生物学」「脳科学」等の勉強に没頭し、自らの幾多の恋愛経験と照らしあわせ、独自の『恋愛学』(「愛主体の相対性異論」「ピタリ5デスの定理」「フレーミングの両手の法則」等)を確立。2007年より全国で『恋愛セミナー』を開始。2008年秋に『新恋愛セミナー』として、再始動。2009年9月で全国30都市以上、累計100回の恋愛セミナーを達成。また企業研修も開始。2009年10月より内容を一新した「恋愛学講座」を実施。2012年末で累計300回達成。

現在は「恋愛学講座」の全国行脚と共に「2032年に高校教育に授業科目として『恋愛学』を!」というビジョンのもと、その前哨戦として「ラブセービング協会」を設立し、全国に「ラブセーバー」を育成する活動にも尽力を注いでいる。

カウンセラー資格:
・日本メンタルヘルス協会:研究コース東京20期・心理カウンセラー

主な企業講演&研修講演:
・愛知中小企業家同友会知多青年同友会
・ライフパーク倉敷(倉敷市教育委員会主催講演会)
・山口県商工会議所青年部連合会「第26回会員大会徳山大会」記念講演
・山口県柳井商工会議所
・キリンビール株式会社など

アレックスの著書

『「一生に一度の本当の恋」を叶える9つのカギ』
アレックス小倉[著]
(学研パブリッシング/定価1300円)
全国の書店にて、好評発売中!

「愛主体(あいしゅたい)の相対性理論」

その講演の要約を図や算式にして紹介をします。共感できる部分がたくさんありました。もし講演の依頼や恋愛相談があれば、カウンセリングもやっておられるようなので、「アレックス小倉」とネットで検索すればホームページがあります。

男も女も
恋も愛も
喜びも悲しみも
 
相対的である

E=mc²

Energy = E = emotion
エネルギー       感情

Mass = M = manner
質量       態度・ふるまい

Celeritas = C = character
光の速度        性格・人格

 

男脳・女脳の差異

・DNA(XX、XY)
・ホルモン(テストステトン、コスロケン)
・脳りょうの太さの差異

左脳 右脳
・論理的思考
・言語認識
・推論・分析
・計算
・空間認識
・イメージ
・発想・創造
・芸術
考える力 感じる力
理性(理論) 感性(直感)
男は左脳か右脳かどちらかしか働かせない

 

ミラー法則

+があれば△がある
北があれば南がある
縦があれば横がある
 
相対性がセットになっている

甘いものを知っているから、辛いものがわかる

 

男脳のキーワード

  1. シングル(集中)
  2. 論理的
  3. 問題解決思考
  4. プライド優先
  5. 鈍感
  6. 競争力
  7. 公平な愛が理想(母性愛を学んでいる)
女脳のキーワード

  1. マルチ(分散)
  2. 感情的
  3. 共鳴共感志向
  4. 安心優先
  5. 敏感
  6. 共生心
  7. 無条件の愛が理想(母性がある)

 

男脳 女脳
会話 意見交換 感情交流
論理優先 気持優先
結論重視 プロセス重視
アドバイスしない ただ聞いてほしい
誉めてほしい わかって(認識)ほしい
自慢話 気晴らし会話
断定表現でも曖昧 曖昧な表現で断定的
直球、察せられない 変化
正否の謝罪 ゴメン 仲直りの挨拶
励まし求める 悩み 慰めを求める
社会全体 話題 私生活
何も言われなくても
わかりあえる関係 理想
どんなことでも
何でも語る関係
行動 1つの事しかできない 同時に何でもできる
1点集中主義 分散型
現状維持行動 変化嗜好行動
同じ店、決まったメニュー
気に入ったものがあったらそればかり
たとえ気に入ったものがあっても
色々試してチャレンジしたい
丼ぶりもの好き バイキング好き
直線的視野 広角的視野
ブチッとキレる ギャーギャーわめく
「考え」の受容を求める 「感情」の共感を求める
失敗した時の「挫折感」が強い 共感が保たれない「拒絶感」が恐い
1人でゆっくり考えたい 2人で話し合いながら考えたい
恋愛 1人で幸せを感じにくい 1人で幸せを感じられる
尊敬・賞賛・感謝されたい 大事に大切に守ってほしい
自分の相手にした行為への
評価が愛を感じる
相手を自分にどれほどにしてくれた
ことの量で愛を感じる
頼まれればひと肌脱いで助けよう 自ら進んで世話をやきたい
50%より0%でいたい 質 100%注ぎたい 量
肉体への欲求→精神への欲求 精神への欲求→肉体への欲求
視覚的喜び興奮 精神的喜びで興奮

自治体の地方創生が失敗する3つの理由

安倍政権がアベノミクスと並ぶ看板政策としている地方創生。全国各地でさまざまな地方創生策が打ち出されていますが、そのほとんどは失敗に終わっていま す。鳴り物入りで進める地方創生策はなぜ、うまくいかないのでしょうか。大きく分けて3つの原因が足を引っ張っているように感じます。

(1) 自治体の個性を消す横並び意識

その第1が自治体の横並び意識です。全国の都道府県、市区町村が急激に進む人口減少と高齢化の中、地方創生総合戦略策定しています。それぞれの地域をどうやって発展させていくか、各自治体が知恵を絞っているわけですが、盛り込まれた内容はIターンの受け入れ、特産品のブランド化、訪日外国人観光客の受け入れなどどこかで聞いたことがあるものばかり。ところどころにうまいキャッチフレーズが入っていても、目新しい中身は見当たりません。

総務省のホームページに掲載されたふるさと納税の返礼品も同じです。どの自治体の返礼品もお得感のある特産品がずらりと並びます。肉や水産物など目玉となる返礼品は違っても、特産品で釣り、寄付金を集めようとする発想は共通しています。横並び意識が個性発揮の邪魔をしていることは間違いないでしょう。

移住者の受け入れで先進地とされる島根県海士町、昭和30年代の商店街を再現して観光地となった大分県豊後高田市は、地域の歴史や自然、風土を地元の人たちが最大限に生かして地方創生策練り上げました。地道な努力を忘れ、どこかの成功例と似た施策を打ち出したところで、成功につながるはずもないのです。

施設建設から商品開発までありとあらゆる計画をコンサルタント会社に外注する自治体の姿勢も、この傾向を助長しています。オリジナリティに欠けたパクリの地方創生策が通用しないことを肝に銘じなければならないでしょう。

(2) 学ぶべきは過去の失敗例

第2の問題点は過去の事例から学んでいないことです。といっても政府やコンサルタント会社が宣伝している各地の成功例を学べといっているのではありません。学ぶべきなのは失敗例なのです。

青森県青森市は中心部に都市機能を集約するコンパクトシティ構想を掲げ、JR青森駅前に2001年、商業施設や公共施設が入った再開発ビルを開業しました。一時はコンパクトシティの先進地として注目を浴びましたが、客足が伸びずに2008年、事実上の債権放棄に陥っています。

中心市街地の再開発を望むなら、こうした失敗例を徹底的に研究しなければ、同じ過ちを犯すでしょう。失敗例を精査し、その原因を自分たちの計画に当てはめて考えれば、問題点が目に見えてくるはずです。

地方創生はどこかが成功すれば、別のどこかが影響を受けて廃れていく椅子取りゲームのようなものです。勝者はほんのひと握りしかいません。「予測が外れた」「状況が変わった」などと後で言い訳せずに済むよう失敗例から徹底的に学ぶ必要があるのです。

(3) 地域に不可決なリーダー育成

3つ目は地域を引っ張る民間のリーダーを育てることです。

長野県小布施町を観光の町として活性化させ立役者は、セーラ・マリ・カミングスさんという米国人女性でした。徳島県上勝町で木の葉を和食の飾りとして販売する葉っぱビジネスを成功させたのは、徳島県徳島市出身の農協職員横石知二さんです。

最終的に事業を動かし、地域に元気を与えるのは地元の人たちにほかなりません。自治体がいくら補助金を積んだところで、補助金が打ち切られればその効果は失われます。

カミングスさんや横石さんは自ら率先して地方創生に取り組み、自治体が後からついていきました。

自治体主導で地方創生策を進めるのなら、カミングスさんらに代わりうる地域のリーダーを同時に育てなければなりません。どれだけ立派な施設を自治体が整備しても、地元の人たちが積極的に動かない限り、その計画は失敗します。

世の中を変えるのは「よそ者、若者、変わり者」だといわれます。そういう人物を地域で発見するか、呼び込んで、リーダーに育てることが本当に大切なのです。多くの自治体はこの点を見落としているように感じてなりません。

※政くらべ 2016年1月9日 より引用

私の体型の遍歴~頑張りすぎずに頑張り何より継続させることが一番です~

私は、結婚したころから体重に大きな変動があります。それも相当の回数です。そのたびに、スーツなどの衣料品の購入費用の支出はかなり多くなりました。身長が173cmの私のこれまでの最高体重が84キロ、最高に絞った時が63キロでした。

一時、ジムに週のうち3回程度通い、1時間エアロバイクをこぎながら読書をしていました。ところが、人間ドックで前立腺がんの疑いを調べるPSAという検査結果に異常がでて泌尿器科の先生の指示で、エアロバイクをやめることになりました。その結果、検査数値は下がりましたが、絞った体重は、再び右肩上がりになりました。

その翌年の秋口には、何が原因かわかりませんが2日間で体重が8キロ増加し、体中がパンパンに腫れるという摩訶不思議な異変が私の体に起きました。かかりつけの先生の所に行ったら、即、日赤病院にいって診断をしてもらうような指示が出ました。その日は税務調査があることになっていましたが、そんなことは言っていられません。皮膚科、血管外科、内科と3つの診療科目を回り、血液検査にCTまでする羽目になりましたが、病名はわからずじまいでした。80キロを超えた体重も、結局4週間の抗生剤と抗菌剤の投与と、症状が橋本病という甲状腺の分泌が少なくなる病気に似ていたので、その分泌をよくする薬を約3月間続けました。その結果、正月の時点では75キロまで体重が落ちました。

しかし、その後は一向に減りません。特に、体脂肪率が25%超というまさにメタボという状態でした。ジムのトレーナーからのアドバイスで、食事・運動の仕方を改めて見つめ直すとともに、確定申告が終了する日に70キロを切るという目標を手帳に書き込みました。不思議なもので10日早く3月5日に69.9キロになりました。やはり、仕事においてもそうですが目標を掲げることは大事であると実感しました。その後も多少の紆余曲折がありましたが、大きなリバウンドはありません。野菜中心の食生活とお昼は愛妻弁当のおかげで、体重は71キロ(BMIという指数でいうと66キロが理想らしいのですが)、体脂肪率も23%まで落ち、体年齢は53歳と実年齢の60歳より7歳若くなりました。

「継続は力なり」という言葉がありますが、毎朝、高機能体重計に乗り、手帳にも毎日の体重や睡眠時間、食事の量と内容・食事時間を書くことをやり続けることが功を奏したのでしょう。お陰様で、2017年10月14日、「還暦までに日本100名山を制覇する」という目標が達成できる体作りができたのだろうと思います。

今は、高校2年生で途中退部した剣道(あと少しで3段というときに辞めてしまいました。この件は、また報告します。)をやり始めました。これも無理をせず継続していきたいと考えております。

ここにも監視型社会が~税理士だって監視されている~

弁護士の場合は、弁護士自治により、弁護士会や日弁連が懲戒権を持っています。ところが、税理士の監督は税理士会、日本税理士会連合会、税務署、国税局、国税庁が担当しています。広島国税局に対応する中国税理士会は約3,000人の会員を擁していますが、以前はその監督役として税理士監理官1人でした。その後、総務課に税理士専門官を配置し、2名体制になりましたが、現在では、もう1名増員して3名体制で税理士も管理されています。

その管理は、税理士システムで行われています。「税理士システムは、税理士等に関する情報を管理することにより、税理士制度の適正な運営確保を図ることを目的とする。」と明記されています。「税理士システム事務処理要領(税務署用)の制定について(事務運営指針)」(官総-83、官参5-2 平成20年6月27日付)の冒頭のシステムの概要のところで記載されています。

事務運営指針は、「事務処理の範囲」のところで、税務署において「税理士システム」を行う事務として(1)入力事務、(2)検索・照会事務、(3)帳票出力事務が掲げられています。

興味深いのは、(1)入力事務として、①税理士会支部の役職歴情報入力②文書情報入力③税理士等の関与先・使用人情報入力④税理士等の指導監督状況入力があります。同じような内容が、 (2)検索・照会にあるにかかわらず、(3) 帳票出力事務にはこれらが掲げられていないことです。

さらに、(1)②の文書情報入力として「附加情報メニューの文書情報更新画面において、指導・監督等を行う上で参考となる情報を文書(全角600字以内)で入力とするとあります。いわゆる定性(個人)情報、例として税理士等情報連絡せんの情報、調査等で把握した情報、部外情報等」とあります。

残念なのは、これらの内容が帳票出力されないので、非公開情報として、開示請求がかなわないことです。こういう現象を「情報の非対称性」と言うのではないでしょうか。つまり、一方(国税局)がそれぞれの税理士の情報を所有していて、仮にその情報が誤りであったとしても、もう一方の当事者(税理士)には、それを正す権能さえないことです。

日頃から税理士の社会的使命を全うしようと努力している会員からすれば、自浄効果が期待される内容(税理士が税務当局から、どのように判断されているか。)が開示されず、不意に懲戒処分されるのではないかという一抹の不安が払拭できないのが私の思いです。

税理士には、税理士法第1条においてその使命が規定されています。それは、「税務に関する専門家として、独立した公正な立場」において、「申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ」、租税に関する法令に規定された「納税義務の適正な実現を図る」ことです。

このため、税理士には様々な義務と責任が課されており、これに違反した場合には、懲戒処分等に付す規定が設けられています。

税務当局が作成した資料から、非行事例に以下のものがあります。

1 脱税相談等

2 故意による不真正税務書類の作成

3 過失による不真正税務書類の作成(相当の注意を怠った場合)

4 自己脱税

5 多額かつ反職業倫理的自己申告漏れ

6 業務懈怠

7 その他反職業倫理的行為

8 2か所事務所設置違反

9 使用人等に対する監督義務違反

当然ながら多くの税理士には心当たりのないことばかりと思いますが、実際、私たちは税務当局からどのように見られているのでしょうか。

「独立した公正な立場」を堅持しながら、マイナンバー等これからも法令の遵守がますます求められる立場として、税理士システム等の開示請求がなされることで、「自律・自戒に基づき適正な業務遂行に励める」環境づくりがなされていくことを強く望みます。

監視型社会と人権を考える!~税法にも忍び寄る内心の自由の侵害~

IT型社会の進展に伴い私たちの暮らしは飛躍的に便利になっています。多くの事業所でも家庭でも監視カメラを置いています。弊事務所でもわが家でも管理システムで守られています。スマホのGPS機能を使えばカーナビの代わりになります。また、超方向音痴の愚妻は道案内に便利に使っています。このように私たちの生活は安全になり、そして便利になりました。

でも、こうした情報を誰がどのように管理しているのでしょうか?私たちが知らない間にその情報が利用されているかもしれません。どこもかしこにもある監視カメラで警察は犯人を割り出すのに役に立っているのかもしれませんが、冤罪を起こす可能性もあります。現に、山口県長門市のパチンコ店で女性が財布を盗んだとして警察に逮捕されました。それはたまたま店内の防犯カメラに彼女がその財布が置かれていた隣の席で遊んでいた姿が映っていたからでした。そのため、新聞にも大きく載り、警察にも8日間拘留されました。それが「誤認逮捕」とわかったのは店内のゴミ箱から財布が見つかり、それも防犯カメラに映し出された映像からまったく別の人物だったことがわかりました。「自分が取ったと言えば楽になると思った。」と報道もされました。もし彼女が警察の厳しい取り調べに屈服していたら、またまた冤罪を引き起こす可能性もあったのです。

「テロを未然に防止する」という名目で「盗聴法」「共謀罪法」が強行採決されましたが、「共謀罪法」が施行されているフランスでもテロは未然に防げていません。こうした個人の内心に踏み込むものが国税通則法改正に伴い来年3月から施行されます。改正通則法の126条には「扇動罪」なる規定が盛り込まれました。126条は「納税義務者が国税の課税標準の申告をしないこと、虚偽の申告をすること又は国税の徴収若しくは納付しないことを扇動した者は、3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。2項は、納税者がすべき申告をさせないため、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。」と規定しました。

「扇動」とは、「そそのかすこと。おだてたりあおりたてたりして、ある行動を起こすようにしむけること。アジテーション。教唆。」(日本国語大辞典より)と言う意味です。そうなってくると、税理士業務にも多く影響する可能性もありますし、ましてやこの中身を知らない人は処罰される危険性を孕んでいます。

また、この法律が「共謀罪法」の277ある対象犯罪の中の、地方税法、関税法、所得税法、法人税法、消費税法(なぜか相続税法が入っていません。富裕層に対する忖度なのでしょうか?)とリンクしているのではないかと思えて仕方ありません。

いずれにしても、これらの「内心の自由」に深く入り込んだ法整備は、戦前の最悪の法律と言われた「治安維持法」を彷彿させます。こんなことが、政府の手で着々とやられていくことに恐怖感を覚えます。ドイツの神学者ルター派の牧師、反ナチ運動家でもあるマルティン・ニーメラー牧師の言葉に「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった。私は社会民主主義ではなかったから。彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから。そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。」と名言がありますが、この国の進む方向がこれで良いのかもっと論議を重ねないといけないと思います。

“サクラ咲く”翌日には奈落の底に

「事務所の月次顧問先さんが滞納していた消費税、源泉所得税とその付帯税、合計約120万円が昨日、差押えになりました。差押物件は今月末に入金予定の売掛金です。この社長や奥さんはすごくいい人なので何とか解除してもらえないでしょうか、そうしないとたちまちの運転資金が枯渇してしまいます。」と弊社の担当スタッフからSOSが私に入ってきました。

とにかく、お客様の会社に行って事情を聞くしかありません。残っていた業務を急いで済ませ、会社に駆けつけました。そしてお話しを聞きました。

まず驚いたのは、社長夫婦のご長男が、差押えがあった3月8日の前日、つまり7日に某国立大学に合格して、夫婦で喜んでいた矢先のまさかの差押えだったことです。文系の私にはよくわかりませんが「宇宙物理学」という勉強をしたいので、一浪をしての「サクラ咲く」だったようです。私立大学も3校受けてすべて合格したのですが、センター試験の点数が予想外に良かったので、入学金をどの大学にも払わなかったそうです。本人も一浪して第一志望の大学に合格したことは、殊の外嬉しかったでしょうが、ご両親の方が本人以上にその喜びを体感されたのではないでしょうか。

奥様に話を聞くと、せっかく貯めていた大学進学のための資金を会社の運転資金にしていたのです。それに対する罪悪感なのか最近うつ状態になっていたそうです。通常は、差押えがある場合は「差押え予告書」が交付されるのですが、税務署に対する当初の支払い計画が順調にいかなかったので余計に足が遠のき、昨年末に交付された未納額明細表以外の書類は中身を見ずに処分したということでした。

この会社は、私どもの税理士法人に変わる前の他の税理士事務所の初期指導に問題があり、貸借対照表の借方に社長貸付金が多額にあります。また、担保になるものが何もないので、金融機関に既にリスケをしていますし、信用力のなさの証なのでしょうか、金利が異常に高いのです。

また、社長と奥さんとのパパ・ママ工務店で、社長の大工としての腕は良いのですが「偏屈」「頑固」が災いして営業ができるタイプではないのです。しかも、消費税が増税する前に駆け込み需要があったものの、増税後の売上はサッパリなのです。そうした中で、女性経営者で女性の感性を大事にしたリフォーム会社との接点ができました。まさに、私どものお客様である会社にとってはまさに「希望の星」でした。しかし、その女性社長の会社も創業して間もありません。その女性経営者の会社に対する売掛金を差押えされたのです。

広島国税局の徴収部機動班から出向してきていると思われる徴収官が女性経営者の会社に赴き債権差押通知書を作成し、女性社長がそれを受領したのは3月8日16時55分と債権差押通知書に記載されたそうです。その徴収官と入れ替わるように、月末の運転資金をお願いしていたある銀行の営業担当者がやってきて、女性社長は、私どものお客様である会社に支払うべき未払金の一部が差押えになった旨を銀行の営業担当者に伝えたところ当初は「問題ないでしょう。」と言うことだったのです。そして、女性社長は私どものお客様にすぐに連絡をしてくれ、「税務署の差押えの件や銀行での借入れの決済のことについて心配しなくて良いのでこれからもよろしく。頑張ってくださいね。」と電話を切られました。

しかしその10分後に再び女性社長から電話があり、その銀行の営業担当者が私どものお客様である会社の発行した領収書がないと貸付けができないという支店からの指示があったので、今晩中に領収書を持ってきてくださいと不機嫌な様子に変わっていました。

社長は、女性社長の会社との今後の継続的な仕事ができるかどうかということと、売掛金もまだ貰っていないのに「前日付」の領収書を発行して良いものかどうか頭を抱えていました。

私は女性社長に電話をして、徴収担当官の名刺をFAXして貰おうと私どもの社長に頼んだところ、女性社長は徴収官が作成したすべての書類をFAXで流してくれました。一連の文書で「差押債権の振込口座」がありました。口座番号等が記載されている「記」より上3行目のところに「納税者から苦情等ございましたら、当署あて出署又は連絡するようにお伝えください。」という一言があったので、これを活用することにしました。

早速、国税局の機動班の職員が差押えをしたことや、差押えをするにあたり適正な手続きができているかどうか疑問だったので、総務課長と話をするため、16時過ぎに所轄署に連絡をしました。あいにく総務課長は出張で留守でしたが、総務の職員に適正手続きができていない可能性がある、約120万円を差押えられるとお子さんの「サクラ咲く」が夢物語になる蓋然性が高い、得意先との信頼関係が崩れてしまうなどを告げ、翌朝一番の8時半に、社長、奥様、私が総務課長と面談することを約束しました。

余談になりますが、実はこの総務課長と私は一定の信頼関係があります。それは、ひどい税務調査の後始末で私どもの事務所に相談に来られた納税者の方について、十分な聞き取りをし、当該税務署長宛に「抗議文」を提出すると同時に個人情報開示請求書により調査経過記録書を請求したところ、「自分たちは正しいことをしているつもりだが、特に税理士非関与の調査については、もっと納税者の理解と協力を得るようにしなければ税務署と納税者の信頼関係は構築できない。」と調査担当者に教育的指導をしてくれた人なのです。その後、別件でその署に行ったときに、総務課長を表敬訪問した際「先生のおかげで、調査の現場の実情を知ることができありがとうございました。今後とも、苦情等があったら何でもお申し付け下さい。」との会話を交わしていた女性総務課長でした。その後も、その署に赴くときはお互いに挨拶をする関係になっていました。

さて本題に戻りまして、翌日、10分程度社長と奥様と打ち合わせをした後、総務課長と面談しようと思ったら、徴収の統括官も同席ということになりました。社長は口下手だし、奥様はうつ状態だったので、私がシナリオを作り、事実関係や要望事項などを述べました。シナリオは、①事実関係→省略、②心配していること→やっと掴んだわが社にとっての「希望の星」である得意先に滞納の事実が分かることになった。そのことで、今後の継続的な取引ができなくなるのではないか。差押えされた金額は、長男の進学資金として当てにしていたものであったこと。その得意先の売掛金以外に資金化できるものはなく、個人の預金も10万円位しかないこと。借入れをしようと思ってもリスケ中なので新規融資は無理であること。得意先の融資などに支障が出てしまうことはとても心配であること。③なぜ資金繰りが悪化したのか→消費税が5%から8%になったのが主たる原因であること。④延滞に至った経過とデュー・プロセスの適正性→本当に税金に支払うお金がなかったこと。結果的に払えないのに署に赴くことや、電話することは精神的に辛かったこと。それについては深く反省していること。差押え予告書は見ていない。適正手続きが本当にされたかどうか分からない。⑤結論→即刻差押えを解除すること。失われかけている得意先との信頼関係をどう修復するのか。滞納している税金は少しずつでも返済すること。換価の猶予を職権でして貰うこと。

それに対し徴収部門の統括官は、「署の方から何回も電話連絡をしたりしたが一向に電話にでられないので、それまで担当していた再任用の職員が昨年退職してからは、新しい担当者が9月に連絡票をポストに入れた。その後も電話や訪問をした。そして、最後通牒として2月22日にポストに差押え予告書を入れた。その後、財産調査をしてその過程の中で売掛債権の存在を発見した。平成22年分の滞納もあるのに当然の措置である。」とかなり強い口調で答えました。

奥様が堅い口を開き、「本当に会社の仕事がないので私は明け方までパートの仕事をして家計支え、長男のための進学資金を貯めてきたのにそのお金も…そして会社の運転資金まで手を付けてしまった。」と涙ながらに話をされた。「本当にお金がないんです。何とかならないんでしょうか。息子の頑張りを親として無駄にはできません。」と絞るように話されました。明らかに風向きが変わってきました。

最後の最後に、昭和35年1月に書かれた我妻栄先生(私が学生時代に民法を少しかじったときには「我妻民法」と呼ばれていた民法の権威者で東京大学法学部教授でした。私が学んだときには既に鬼籍に入られていました。)が、租税徴収制度調査会の会長をつとめられた感想を、国税徴収法精解のはしがきに書かれていることを紹介しました。大事な部分だけ引用すると「~新国税徴収法の認める租税債権の優先的効力も、その徴収に当たって用いる強制力も、その運用を極めて慎重にすべきことが諒解されていることである。~いいかえれば、これらの優先的効力の主張も、強制力の実施も、真にやむを得ない場合の最後の手段としてはこれを是認せざるをえないと考えたからである。従ってまた、徴税当局がこれらの制度の運用に当たっては慎重の上にも慎重を期することが、当然の前提として諒解されるのである。~」それを一気に読みました。

総務課長は「私は徴収のことは余り分からないけど何とかならないの。」の一言に続いて徴収部門の統括官が「私も、徴収の仕事を40年やってきたので、いろいろなことを経験しました。裏切られもしました。でも、最近、定年間近になって少しだけ人を見る目ができてきました。順番は逆になりますが、明日中には差押解除通知書を出しましょう。」という顛末になりました。私も余りにも潔い対応に驚きました。

社長や奥様の親としての子どもに対する責任や誠実な態度、そして奥様の絞り出すような声が統括官を動かしたのだろう思います。

統括官は、「順番が逆になるので差押解除通知書に必要な書類は速やかに出してくださいね。先生も忙しいことは重々分かっていますが納税者の方の書類作成の援助と次回の同行もお願いしますね。11日には送付できます。そのときに必要書類を書いておきますのでよろしくお願いします。週明けの14日の朝一でどうでしょうか。」納税者も私も同意しました。

この決済は、県下で一番大きな税務署の特別国税徴収官の決済も必要だったのでしょうか。書類にその官職の名前も出ていました。

対応した部屋を出る前に総務課長が、私が読んだ「我妻栄先生の書き物をコピーさせてください。私も勉強したいんで。」コピーを取っている間に徴収部門の統括官も、「実は税務大学校で我妻先生の民法は勉強させていただきました。」との弁。コピーから返って来られた総務課長も「我妻先生の民法は、税務職員にとってもバイブルなんですよ。」と我妻先生論議に花が咲きました。

14日、徴収部門の統括官が「既に、納税者からの換価の猶予の申請はできませんので、職権で換価の猶予をやります。これをすると延滞税の税率が9.1%から2.8%に下がりますから。それとおそらく一年では完納は無理でしょうから、毎月返済可能な金額を記載して貰って、最後の月に残額を記載してください。残額については1年後に相談しましょう。その代わり今後発生する、消費税や源泉所得税は必ず期限内納付をしてくださいね。そうして貰わないと、この計画が元の木阿弥になりますから。先生もその当たりのアドバイスをよろしくお願いしますね。」これまた、驚きの措置です。

「なぜ、そこまでの配慮をしてくれるのですか。」と私が聞くと、「前回の話を聞いて、何の対応もしなければ、ある種のいじめになります。私は結婚が遅かったので、これから高校受験をする子どもがいます。1人の人間として共鳴するものがあります。」

女性の徴収官が担保提供書や納税保証書をつくっていました。ところが収入印紙200円が要ることに気づきました。聞けば税務署には売っていないとのこと。社長も奥さんも書類作成に一生懸命でしたので、私が近くのコンビニまで走って5分で何とか調達してきました。

書類がすべてできあがり女性徴収官がコピーしている間に、統括官は、「消費税増税に反対だ」と力説していました。それはどうしてですかと尋ねると「価格転嫁がなかなかできないのがこの税の本質です。だから滞納も増えるんです。」「定年になっても、税理士にはなりません。だって、それでは飯が食えないので。さりとて、共済年金が満額もらえる65歳になっても、その額では生活できませんね。同世代の人は皆さん同じことを考えているのではないでしょうか。だから個人消費が増えないんですよ。」

本当にその部分は私も共鳴するし、そんなことまで言っていいの?と思うほどでした。税務職員も組織人の側面と人間としての側面と両方持ち合わせていることを痛切に感じました。しかし、一方で当局では、徴税・徴収マシーンの製造もされているのもこれまた真実でしょう。だから、国税職員にはメンタルな病気の人が多いのではないでしょうか。

今般の総選挙で安部総理は、2019年10月からの消費税の増税の使途を借金の返済から変えて、「子ども」を人質に取り、野党のごたごたの不意を突いて大勝しました。しかし、安倍首相が「景気も回復した。株価もどんどん上昇しているでしょう。」といっても足下の経済はまるで実感がなく、デフレ傾向は継続しています。

このまま、本当に消費税を増税すれば、庶民の生活はますます疲弊し、中小零細企業は、消費税の滞納がますます増えてきて「消費税倒産」の憂き目に合うところが出てくる蓋然性は極めて高いと思います。

ボン税務署訪問記~アポなしの日本人に会ってくれた税務署員~

前回に引き続きドイツでの訪問記を書きたいと思います。ちょうどクリスマスシーズンということもあってか、ベルリンの壁崩壊の前の西ドイツの首都であったボンの街もご多分に漏れずドイツらしいクリスマスマーケットで賑わっていました。歴史を感じるボンの市街をぐるりと一周回ることにしました。近くの教会、生誕地が彼の地であるベートーベンの像、そして、かの資本論(2013年に「共産党宣言」とともにユネスコの世界記憶遺産に登録された。)の執筆者であるカール・マルクスが学んでいたというボン大学(娘の出身大学の提携校でもありました。)の散策をすることになりました。大学へは立ち入り自由で、学生がくつろいでいる喫茶室、図書館などものぞきました。荘厳という形容詞が似合うキャンパスで、大学そのものが博物館のようになっています。

少し歩いたところにボン税務署があります。いよいよ今日のメーンイベントです。受付は全面ガラス張りで、受付の職員とはガラス越しで話すようになっています。もちろん写真撮影は禁止です。1階の受付を通り過ごして上の階へ行きました。1人の職員に対し1部屋のオフィスとなっているのは娘が勤めるドイツ国際平和村の事務所と同じです。3階へ上がろうとしたとき、50歳前後と思える男性職員が廊下を歩いていて娘に声をかけてきてくれました。

「何か用ですか。」娘は「私の父は日本の税理士で見学させてもらっています。」と説明したら、いきなり持っていたチョコレートとドーナツを私たちにくれて「私の部屋で話しをしましょう。」と誘われ、さらに上の階の彼の部屋に案内されました。

彼の仕事は、大きな法人の税務調査を6人1組でやっていると説明してくれました。驚くことに、ジーンズにカジュアルなシャツ姿です。また、ラジオを聞きながら仕事をしています。日本の税務署員の職場環境や仕事ぶりとはかなり異質です。娘の通訳で分かったことは、彼の仕事(法人税の税務調査)で最高の申告漏れの発見は5,000万ユーロ(1ユーロ130円で換算すると日本円にして65億円)、びっくりするような金額です。また、ボン税務署での最高額は、7億ユーロ(同じく910億円)の申告漏れだったようです。そんなに大きくない税務署でも、追徴税額の多さには驚きました。

ドイツでの法人税の基本税率は15%ですが、お隣の国のルクセンブルクに本店を移転させれば1%の課税で済む仕組みになっているそうです。ドイツでも日本や米国、英国などの先進国と同じくタックス・ヘイブンによる課税逃れに随分と頭を抱えている彼は饒舌?に話しています。娘曰く、「日常会話ならそれなりの通訳ができるけど、税金などの専門用語はよく分からないから、彼がそこらあたりを配慮してわかりやすい言葉に置き換えてくれて、メモ帳に単語を書いてくれたので助かった」と話してくれました。

彼は普段ラフなスタイルで仕事をしているそうなのですが、上司と週に1回の打合せと税務調査の1日目だけはネクタイをすると言ってロッカーからショッキング・ピンクのネクタイを見せて貰ったときはあまりの「ド派手さ」にびっくりしました。

また、個人課税のことは自分にはよく解らないので良い人を紹介しようとすぐに電話をしてくれました。紹介された方は個人課税のトップの人だったのですが、12月中旬ですごく忙しくて手が放せないので対応できないとの事でした。

クリスマスにみんなが好んで食べる焼き菓子のシュトレンをもらい記念写真も気楽に撮ってもらえました。娘が言うには、とかく税務署は愛想が悪いと事前に聞いていたので、彼と話せたのは幸運だったみたいです。

1階に降りて受付の女性職員に「税金に関するパンフレットを貰えませんか」と言うと、受付の責任者の人が地下室まで行って二種類のパンフレットを渡してくれました。この分厚く、豪華なパンフレットを娘に「後日訳してもらいたい」とお願いすると、ざっと見ただけで、専門用語とドイツの税制が書いてあって、まるで分からないらしく、「時間があればね」と上手くかわされました。

現職のドイツの税務職員と生で話ができたという満足感、高揚感を癒しに、駅前のパン屋さんでココアを呑み、マクドナルドでハンバーガーとコーヒーを注文しました。ココアとコーヒーは19%の税率、ハンバーガーは食料品なので軽減税率適用なのか7%の税率、また、同じ食べ物でも、カフェではテイクアウトでなく店内で食べると30セント(約40円)高くなるという仕組みになっていました。

日本の消費税が2019年から8%から10%にあがる際に、食料品が8%の軽減税率の適用になれば、それは、今後の消費税のさらなる増税の狼煙(のろし)になるのではないか危惧しています。それは、ドイツでは標準税率19%と軽減税率7%の差が12%あるのに対して、日本の場合は僅か2%しかないことです。また、インボイスの仕組みも定着させなければなりません。納税義務者や税理士事務所に過大な負担がかかりますし、免税業者も課税業者の選択をしなければ、経済の仕組みから抹殺される危惧があります。

私見ですが、消費税は増税をやめるべきです。反対に、5%から8%に消費税が増税して以来、消費者の購買意欲は削がれています。この際、消費税を元の5%に戻すべきです。さらに、先祖返りをして、消費税は廃止し、「個別物品税」に戻し、「基幹税」から「補完税」にすべきだと思います。消費税の逆進性をなくすには、その道しかありません。

あくまで、租税の基本は「累進課税」です。ICTやAI技術が進化すればするほど、「個別物品」の把握と税率の改定は容易にできるはずですし、末端の業者が価格を転嫁できないことはなくなります。サービスへの課税も財務省の主税局が知恵を絞ればできるのではないかと思います。

そして、課税庁にあっては、「滞納」ということが極めて少なくなるメリットが出てきます。高級車に乗りたい人は、25%の税率でも購入するでしょうし、農業で使う軽トラックが0%ならば、農業の自給率も上がるかもしれません。

ドイツの税理士との懇談~こんなにも違う税理士の仕組み~

私の二女は、ドイツ国際平和村の事務局で働いています。女優の東ちづるさんは、戦場で傷ついた子どもたちのリハビリなどをしているこの会を支援してくれており、また「ウルルン滞在記」などで取りあげてくれてご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

二女の強い要望で私たち夫婦がドイツとお隣のオランダを旅することになりました。何と、滞在費用一切は娘が出してくれました。何とありがたいことか。

ついでにドイツの税理士と直接話してみたいとの所望を実現してくれました。娘が住んでいる近くで開業している少しお年を召された方でしたが、貴重な体験でした。税理士制度は、ドイツ、韓国、日本で古くから制度化され、文献ではなく実際に実務をされている税理士と話がしたかったからです。

懇談する日は、勝負服として日本から持参した大島紬で訪問しました。午後3時の約束ですが、3時ちょうどに娘のアパートを出て、徒歩約2分のところにある税理士事務所兼自宅にしている税理士のお宅へいきました。日本では約束の時間5分前に到着して待っているのがビジネスの常識だとされていますが、ドイツでは約束の時間より2~3分程度遅れて会うのがエチケットとされているそうで、同じ「まじめ気質」の日本人とドイツ人の待ち合わせ慣習も違うことにまた異文化を感じました。

玄関で40代の女性が日本語で「こんにちは」と挨拶してくるのでビックリしました。オフィスは女性とその女性のお母さんともう一人の男性の三人体制で運営していることがわかりました。事務所の様子を少しですが見せてもらったあとにリビングに通されました。

お母さんは1975年に税理士試験に合格したというからもう38年の経験を持つ大ベテランです。おそらく80歳位の年齢と思われます。娘さんはこの事務所でお母さんと一緒に働いているそうです。お母さんは、「私は、娘が税理士試験に通るまで仕事やめたくてもやめられない。」と言っていたので、恐らくここで娘さんは働きながら試験勉強をしているのであろうと容易に想像できます。娘さんはコーヒーメーカーでコーヒーを入れてくれ、私たちに勧めてくれました。

娘さんも席に着いていくつかのランプシートのローソクに火を灯し部屋の照明が消されました。昼間だけどリビングのテーブルは、ローソクの照らすテーブルの上だけがぼんやり灯りがあるだけで薄暗いのです。改めてドイツはローソクの文化なのだと実感しました。テーブルには何種類かのクッキーが皿に盛られていました。どれが自家製でどれが市販のクッキーかの説明を受けました。ドイツではどこの家でもクリスマス前は自家製クッキーを毎朝焼くのが習慣だと説明され、「どうぞ」という言葉に甘えてすっかりご馳走になりました。

私の質問には、娘さんが中心に質問に答えてくれてお母さんがそれを補足し、娘が通訳をする形式をとりました。

日常業務・・・・毎月、四半期、年一とお客さんとの契約があるそうで、日本とまるで同じです。

法人・・・・・クライアントが法人を設立する場合は、ドイツは書類文化なので大量の書類作成のお手伝をすることになるが、これが大変だということです。

個人・・・大工、医者などの個人営業のところは給与所得とは違うので計算が複雑で大変になるのは日本と変わりません。

相続・・・・子どもだと税金が安くなるが、内縁の妻(意外に内縁関係の夫婦は多いらしい)だと相続権はあるが税率は高くなるそうです。相続の申告には6つの法律を駆使しないといけないので苦労するそうです。

娘さんは以前、デュッセルドルフで日本のある商社の支店で働いていた経験があるとのことがわかり、挨拶程度の日本語がしゃべれるのに納得しました。

税理士事務所・・・・規模の大小さまざまで、一企業に専属している税理士もいるそうです。お母さんの友人は、5人の税理士が事務所を経営していてスタッフが80人の事務所だそうです。オーバーハウゼン市(日本企業が集積しているデュッセルドルフから北へ30キロの人口21万人の小都市)でも約80人の税理士が登録しているそうです。

税理士試験のシステム・・・・受験資格は3年間専門の勉強をするか、税理士事務所で10年間働いていることが条件。まず、200ユーロ(約2万6千円)で受験のための書類を書き、認定を受けるがその認定がなかなか受けられないとのことらしいのです。日本では、受験資格は法改正で比較的簡単になっています。

認定されれば、1,000ユーロ(約13万円)の受験料を払い本試験を受けるのですが、事前にリサーチしていたとおり、人生の内わずか3回しか受験のチャンスがないことはやはり事実でした。ただし、認定料、受験料の高さにはいささか驚きました。勉強して認定を受けて合格するまで平均10年はかかるとされているそうで、日本の税理士試験より難関そうです。

試験は11月第2週目に3日間連続して午前9時から午後4時まで6科目の認定試験を受けます。合格発表は州によって違うそうですが、ほとんどは年内にあるそうです。ここノートラインゼストワーレン州(デュッセルドルフやボンがある州)では、一ヶ月遅れの1月に合格発表があるようです。日本は毎年1回、8月上旬に試験があり、合格発表が12月中旬とはいささか長すぎると思います。受験生の常識となっていますが、合格者の調整(毎年受験者の2%前後しか合格させない。)のための期間です。このシステムも変えないと行けませんよね。

さて、ドイツでは合格の認定がされて本試験までは各人の認定の評価によって違うのでしょうが4週間から12週間程度、予備校へ行かなければならないそうです。大きな税理士事務所はホリデイを与えてくれたり、有休で研修を受けさせてくれたりするそうですが、その代わり2年間その事務所で働くことが条件として付されることもあるということです。合格するのにお金と時間がかかることはドイツ国内でもでもあまり知られていないそうです。

ペーパー試験は成績が良い方から1~6段階の評価があり、5以上は不合格になるそうです。1や2段階の成績で通った受験生がいるとは聞いたことがないそうで、受験者のほとんどが3と4段階の評価で合格するようです。ペーパー試験で合格した後、3月に口頭試問があそうです。出題されてから30分考える時間を与えられるが参考書などは見ることはできないそうです。ペーパー試験と同じ科目から出題され、1科目につき10分で適切な回答をしないといけないとのことです。口頭試問は、日本も司法試験や弁理士試験では課されていますが、税理士試験では課されていません。おそらく、口頭試問を日本の税理士試験に取り入れたら受験者は激減するかもしれません。そうでなくても、私が受験していた頃(四半世紀前)の受験者数は約6万人から4万人を割っているのが実態です。

娘さんは日本で受験して資格を取る方が簡単で早く受かると思うが、日本で取った資格はドイツでは使えないので残念だとしきりに言っていました。

税理士の社会的評価は弁護士の評価と全く一緒であるとのことでした。税務署でも経験と知識を増やすのにかなりの研修があるそうで、その研修を受ければ税務署勤務経験者の税理士試験も通りやすくなるかもしれないが、その研修のレベルはけっして低くないらしいということでした。また、日本のように試験免除制度はあるそうですが、大学教授や裁判官などに限られるそうです。いずにしても日本もかなり難関です。

税務調査は長いものでは2週間あるらしく、税法だけでなくユーロのさまざま法律に適合しているか、労働時間は適正なのかのチェックもあるそうです。短いものでは2時間で終了する時もまれにあるようです。税理士は必ず立ち会いをするのが原則で、税務調査をして税務署の方で納得できない場合は、しばらくして無予告調査がありパソコンも含め一式没収されるそうです。日本でいう査察?に近いのでしょうか。通常の場合では事前通告が税理士のところにされるそうでが、無予告調査では税理士は何もできず、できることといえば弁護士を呼ぶことくらいらしいのです。

話し始めてからすでに2時間が経過、そろそろ娘さんも通訳をする娘も疲れてきているようなので最後の質問としてドイツにおけるタックスヘイブンの事を聞きました。

ドイツでも日本と同じで税金を安くしたいならベルギーに本社を置き、人件費を安くしたいならポーランドに工場を移すことが横行しているとのことでした。税理士(お母さん)の話では「ドイツの付加価値(稼得した所得)はドイツで課税すべきであるが、そうした規制がないことは問題だ」と話しておられました。

ローソクの灯の中2時間半の対話が終わりました。最後にお母さん娘さんと3人でオフィスにて記念撮影をして、またの再会を約束しました。玄関を出るとき娘さんが「さよなら」と日本語で言ってくれたのはとても印象的でした。午後5時、もっと聞きたかったとの思いもありましたが、妻と娘の「もうこれ以上の時間をとってもらうのはご迷惑よ。」との声に寂しくアパートへ帰りました。

何故このような出会いができたのかはひとえに娘のお陰です。ドイツへ渡航前からドイツ人の税理士にぜひ会って対談したい旨のことを私が懇願していました。娘のアパートのすぐ近くに税理士事務所の看板を掲げているのを見つけて思い切って訪問してくれ、私との懇談を実現させてくれたのです。たまたま税理士の娘さんは娘の職場であるドイツ国際平和村との関わりがあることも幸いしたようです。

娘さんの同級生で仲の良いベトナム人がいたのですが、その当時ベトナム戦争があり平和村は南ベトナムの子どもたちを受け入れていたそうです。戦争は北ベトナムが勝利し社会主義政権へ大きく舵を切るのですが、当時の西ドイツは「資本主義社会」でそこで教育を受けた平和村の子どもたちを「北ベトナム」としては受け入れすることを拒否、そのため帰るところを失った平和村の子どもたちは帰国できずに、ドイツで生きていくしかなかったという悲しい歴史があるそうです。そんなベトナム人の友人を持つ娘さんとの出会いは私たちにとって偶然の産物です。そんな機会を与えてくれた娘に感謝します。

 

酒税のあり方について考える

前回「たばこ税」について言及いたしましたが、今回は「酒税」について少し考えてみたいと思います。

「麦芽比率などで異なるビール類の酒税は平成32年10月、35年10月、38年10月の3段階で350ミリリットル缶あたり54.25円に一本化するといった方向です。ビールは現在の77円から減税に、発泡酒は46.99円、第3のビールは28円から大幅な増税になります。」

※産経ニュース 2016.12.8 より引用

ビールの酒税は、高級酒並です。それは、明治初頭に冷蔵技術がないときにそれを冷やすために多くのコストがかかったので、その当時は確かに「高級酒」であったかもしれません。しかし、現在は冷蔵庫のない家を探す方が難しい時代ですが、財務省は一向に税率を下げませんでした。しかし、今度は、ビール各社が競い合って酒税を逃れるために技術開発してきた発泡酒や第3のビールといったものを一本化するという大転換をします。税の原則の累進性とは、反対の方向性です。個人的(あることを機に3年半の長きにわたって現在も禁酒中ですが。)には、その節操のなさと酒税の高さに問題があると思います。海外と比べてもドイツの20倍、アメリカの12倍の高さになっています。庶民のささやかな楽しみであるビールは、ドイツ並みとはいいませんが、せめて半分程度に下げたらどうでしょうか。

「日本酒とワインの税額もそろえる方向です。日本酒は現在、350ミリリットルあたり42円、ワインは28円ですが、32年10月と35年10月の2段階で35円に一本化する方針です。製造方法が同じ醸造酒に区分されるのに税額差があると、日本酒の生産者から反発が出てきたことがその背景にあります。また、手軽な価格で人気のチューハイは350ミリリットルあたりの税額が28円ですが、38年10月に35円に増税することになっています。」

※産経ニュース 2016.12.8 より引用

私の酒税に関する考え方は、ビールなども含め、すべて累進課税にしたら良いのではないかと思います。国税庁の利き酒の専門官、ソムリエなどのプロの利き酒の専門家、醸造所の杜氏など、自薦・他薦を問わず任意で選んだ「われこそは利き酒名人」でチームを組んで、どの種類のお酒にもその味の良さで等級をつけ、高い等級のものには高い酒税を、低い等級のものには低い酒税を酒蔵から出るときに課税をし、どの販売所でも売価も仕入れ価格も同額で、愛飲家がそれをインターネットも含めどの小売店、大型スーパーコンビニで購入しても同じ値段にすれば、①酒税の確保ができる、②醸造技術の向上に資する、③零細小売店の救済にもなるのではないかと思います。

「自由競争を阻害する。」「規制は緩和・撤廃と矛盾する。」という批判が聞こえてきそうですが、「等級選定の公平性」「透明性」を担保すれば可能ではないかと考えます。このことにより、新しい酒文化に繋がっていくのではないでしょうか。

商売の極意は「始末」「才覚」「算用」~「わろてんか」を観てなるほどと思った教え~

私の気分転換の1つがNHKの朝ドラを見ることです。もちろん朝8時から始まるのでDVDに毎日録画しています。忙しいときは、1週間まとめて見るときもあります。

今年前半の有村架純主演の『ひよっこ』はドラマの流れも、主題歌の桑田佳祐作の「若い広場」も、ものすごくテンポが良く視聴率の尻上がりでした。

その後を受け、10月から始まったのが『わろてんか』です。この物語は、吉本興業の創業者・吉本せいがモデルとなった実話です。明治後期の大阪を舞台に、「笑って生きる」ことこそが自分の人生の希望だと信じるヒロイン・藤岡てん(葵わかな)が、夫の藤吉(松坂桃李)とともに、笑いを商売にするために奮闘する姿を描くストーリーとなっています。

藤吉は、米問屋の跡継ぎになる設定でしたが、物語が進むと米問屋もなくなる羽目になりますが……

その米や問屋の家訓について藤吉の母親役・啄子(鈴木京香)が語るシーンに共感しました。

かの米問屋の額に書かれてある「船場の商人」の教えについて、鈴木京香が松坂桃李に語るシーンです。

その教えとは「始末」「才覚」「算用」です。

「始末」とは、節約のことではない。ムダな出費をするのではなく、必要なときに生き金を思いっきり使うということだす。

「才覚」は、どこに商いの商機があるか見極め、誰もやらないことをやること、あんたの「団子」や「カレー」だす。この「団子」や「カレー」はドラマを観てない人にはわからないかもしれませんが……

「算用」とは金勘定をすることではのうて、帳尻を合わせることや。損して得取れいうこと。

「始末」と「ケチ」は違う。これがホンマの「始末」の極意だす。

こんな件があります。今でも、通用するカタカナ用語の「マーケティング」に通じるものではないでしょうか。

たばこ税のあり方について考える

ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、たばこ税は国税と地方税の両方に課税されかなり多くの税収になっています。さらに、たばこ特別税は、旧日本国有鉄道が、JRとして民間化されたときに処理されなかった国鉄清算事業団の債務の返済にも充てられています。

ここ最近、紙巻きたばこの規制が急速に進んでいます。「徹子の部屋」という長寿番組がありますが、時々追悼番組をしています。以前はそのトーク番組で堂々とゲストがたばこを吸っていましたし、新幹線などの列車でも自由にたばこが吸えていました。

規制の理由としては、紙巻きたばこを吸う人だけでなく、そのそばでその煙(副流煙)を吸う人が、肺がんだけでなくその他の健康被害を及ぼし、結果的に医療費を押し上げるからだといわれています。

そこで「健康被害が少ない」と言うことで、加熱式たばこが爆発的に売れています。加熱式たばこは、タバコの葉を加工したスティックやカプセルを専用機器に差し込んで加熱し、蒸気を吸う方式のものです。現在、国内たばこ市場の1割超を占めるとされています。 紙巻きの税金は1本あたり約12.24円で、一般的な1箱20本入り(440円)の場合、価格の56%にあたる約245円がたばこ税ですが、これに対し、加熱式1箱の価格は420~460円と紙巻きと同水準ですが、税金はフィリップ・モリスの「アイコス(英語でIQOS、『私は普通のたばこをやめます』の頭文字です)」が200円前後、日本たばこ産業(JT)の「プルーム・テック」が約34円と安い税金になっています。

※朝日新聞デジタルHPより引用

また、日本肺がん学会で産業医科大学教授の大和先生は「加熱式たばこは空気を汚さないといいますが、虚偽です。安全性についても有害物質を吸引し、呼出します。本人だけでなく他人にも害をもたらします。加熱式たばこを禁煙の対象外にする自治体や飲食店もありますが、禁煙の場で使用は禁止すべきです。ニコチン依存症も解消されない」とコメントされています。

この加熱式たばこについて、政府は増税する方向で検討に入りました。従来の紙巻きたばこより税金が割安なため、同水準にそろえて税収の落ち込みを防ぐためです。今後、与党や関係業界との協議を本格化させ、年末にまとめる来年度の税制改正大綱に盛り込む方針だそうです。増税の程度によっては、商品の価格にも影響を与える可能性があります。

増税には一定の理屈が要ります。愛煙家への増税と国鉄清算事業団の借金返済にどんな因果関係があるのでしょうか。その点では、愛煙家は国に対してもの申すべきですが、「百害あって一利なし」といわれるたばこを将来なくす方向で考えなくてはなりません。そのためには、禁煙外来をもっと充実させたり、有害物質としての啓蒙も大事です。しかし、大病院のように周辺施設も含めて全面的に禁煙措置をとると小さなスナックなどで来店客数が少なくなるといった声も出てきます。

私見ですが、紙巻きたばこの1箱当たりの標準的な小売価格440円を、フランス並みの一律1,000円にしてみたらどうでしょうか。どうしても欲しい人はそれでも買うでしょうから、そんなに税収も落ちないのではないかと思います。それよりも、私や、私の義理の息子のように30歳で「たばこと縁を切る人」の数が増える方が良いのではないかと思慮します。

 

請願書の活用~これで税務調査が無くなった~

立正大学法学部客員教授でもある浦野広明税理士の著作の中(例えば納税者の権利と法など)に請願法を使って「納税者の権利」を守ることの実際の文章主張と実践例が記載されています。それまで、請願法についてもあまりくわしく知らなかったのですが、初めて納税者とともに書いた請願書が威力を発揮しました。

これを機会に、課税庁のあまりにも著しい法令違反や常識外れの行為についてこの文書を書くことによりその効果を数々得てきました。この税務調査は、無予告で臨場し納税者が「やめてくれ」と言ったにも関わらず強引な調査を進め結果として納税者の体調が悪くなり、経営していた飲食店の売上も落ちるなど人権を無視したあり方に対して出したところ、結果として税務調査そのものが無くなった事例です。

請願法や請願書を知らない税理士や納税者にその元本を一部改編して見本として作成したものです。活用されたい方は、チャレンジしてみて下さい。ただし、課税庁側の不法等が明確であり、納税者がそうした行為に対して怒りを感じ、代理人として税理士が関与するならば、その納税者と一体となって本気でたたかう姿勢がないと功を奏しないことも付言しておきます。

 

【  見   本 】

 

○○税務署長殿

下記の事実により日本国憲法第16条および請願法に基づく請願をする。また、請願法5条による誠意ある対応を求める。

 

1 事実経過

平成○○年○月○日(火)午前8時30分頃、○○税務署個人課税第2部門、統括国税調査官、○○○○氏(以下、統括官という)他1名の税務署員が来訪した。

玄関に対応に出た妻に対し税務署員である旨を告げ、2人は身分証明書を提示した。妻は2人に対し「主人は毎日明け方まで仕事をしていて、まだ2時間程しか寝てないので困る。」と言ったが、統括官は「ご主人の名前で申告しているので、起こしてもらえませんか。」と言った。

私は、たった今寝ついたばかりなのに何が起きたのであろうかとやっとの思いで起き上がり、パジャマ姿のまま玄関に出て「まだ寝たばかりなので今日は止めてもらえませんか。」と言うと、統括官は「ちょっと現状を見るだけなので見せてもらえませんか。」と答えた。

私が「何で昨日事前に電話をくれないんですか?そうすればもう少し早く寝るのに、このまま起きて夜中の3時まで16時間働かなくてはいけないのだから、そんな事をしたら、体を壊すから今日は止めてもらえませんか。」と言うと、統括官は再び「いや、ちょっと現状を見るだけですから。」と現状を見たらすぐ帰る様な事を言うので、私は「じゃあ、店の方へどうぞ。」と1階の店の方へ行ってもらった。

そこで、また私が「何で事前に電話をしてから来ないの。」と言うと、統括官は「すぐに帰りますから、ちょっとつり銭だけ見せてもらえませんか。」と、つり銭を見せれば帰る様な事を言いながら、その後は次々と「引出しの中を見せてもらえないか。」「帳簿を今つけている所を見せてもらえませんか。」などと要求。私が「家の中はちらかっているのでだめです。」と言っても「ちょっと見るだけですから。」とうまい事を言って家の中に入り込み、妻のハンドバックを半ば強制的に見たり、その間私が10回以上大声で「今日は帰って、少しでも寝かせてよ。」「30分でも1時間でも横にならないと体を壊すから。」と何回も何回も必死で訴えても無視して調査を約2時間余り続行した。

私はこのままではいつまでも帰りそうもないので「上司の方にお願いするから上司に電話してほしい。」と言っても無視してさらに調査を続行された。若い方の署員は、私が何回も「何をやっているんだ。早く家から出ろ。」と大声で言ってもまったく出る様子もなく、銀行通帳等を写しているので、私が「とにかく上司に直接お願いするから、これから一緒に税務署の方へ行きましょう。」と言っても行く様子はなく、私が3回4回と「上司に直接お願いする。」からと繰返すとしぶしぶ税務署に行く事になり、統括官は「上司に連絡しますので。」と言い3分位電話で打ち合わせをした後、「上司の○○に連絡しましたのでどうぞ署に来てください。」と言った。

税務署で午前10時50分頃上司の○○氏に面会。私は「何でこんな人権を無視したことをするのか。」と、激しく抗議した。○○氏は私から事情を聞き「確かにやりすぎた様だ。」と認めた。また、統括官も「引きずってしまった。」とやりすぎを認めた。さらに○○氏は「私は、ここまでひどいやり方をせよとは指示をしてない。」とも言及した。私は「こんなやり方は間違っていると思うので中止するか、延期してほしい。」とお願いしたが「それは出来ない。」と断られた。その間約30分程、私は「こんなやり方は、人権を無視しただけでなく、すぐ帰る様なことを言って人をだまして、サラ金の取立てよりひどいじゃないですか。」と抗議し、開店時間も過ぎていたので帰宅した。

その日は、肉体的にも精神的にもほとほと疲れたので店を休めば良かったのかもしれないが、せっかく当店で食事をするのを楽しみに来店してくれるお客様のことを考えるとそれもできず、そのまま仕事を続けました。しかし、夜になると立っていることもできなくなり、店をやむなく早仕舞いしてしまった。翌日も体調が極めて悪く店も早仕舞いを余儀なくされた。翌々日は体調が更に悪くなり三日も続けて早仕舞いせざるを得なくなった。

税務署員はこんな人権を無視したやり方をしても良いのか。そのために、体調を崩してとうとう店休日に医者に行く羽目にもなった。その病状を証するために医師の診断書を添付する。

また、私が体調を崩したことにより、この3日間店の売上げも減少した。この経済的損害をどのように考えているのだろうか。

 

2 請願事項

国税庁の「税務運営方針」では「調査方法等の改善」として次のように述べている。

「税務調査は、その公益的必要性と納税者の私的利益の保護との衡量において社会通念上相当と認められる範囲内で、納税者の理解と協力を得て行うものであることに照らし、一般の調査においては、事前通知の励行に努め、また現況調査は必要最小限にとどめ、反面調査は、客観的にみてやむを得ないと認められる場合に限って行うこととする。なお、納税者との接触に当たっては、納税者に当局の考え方を的確に伝達し、無用の心理的負担を掛けないようにするために、納税者に送付する文書の形式、文書等をできるだけ平易、親切なものとする。」とある。

しかし、今回の税務調査は、納税者が再三再四にわたり、体調不良を訴え「調査の延期を求めた。」にもかかわらず、長時間に及ぶ調査を続行したためについには体調を崩し医者への通院を余儀なくされ、しかもそのことにより店の売上げが減少していることは紛れもない事実である。

このことは、国税庁の「税務運営方針」からも大きく逸脱していると思慮される。

なぜ、事前通知がなかったのか、なぜ、「税務運営方針」から大きく逸脱するような、また日本国憲法第11条に定められた「基本的人権」を蔑ろにしたような調査が強行されたのか、その理由について速やかで、かつ誠意ある文書での回答を請願する。

 

平成○○年○月○日

請願人 ○○市○○町○丁目○番○号

○○○○

代理人 山口市小郡下郷1256-16-101

税理士法人総合会計

税理士 金巨 功

保険料と保険税の違いについて ~あなたの市町村はどちらでしょうか?~

国民健康保険の保険料は、「保険料」と呼ばれる場合と「保険税」と呼ばれる場合の2通りあります。その違いはどこにあるのでしょうか?

[1] 保険料と保険税、基本的には同じ

国保の運営者である保険者(市区町村)は、保険料と保険税のどちらかを選ぶことができます。国民健康保険法には「国民健康保険に要する費用を世帯主から徴収しなければならない」と規定されていますが、国民健康保険料と国民健康保険税のどちらの方式にするかは、保険者の裁量とされています。つまり、同じ国保という名称であっても、地域によって保険料のところと保険税のところが存在します。保険料も保険税も、基本的には同じです。どちらも市区町村に保険料(税)として納めるものです。また、受けられる医療も同じであり、通常通りに保険料を納めて医療を受ける場合は、保険料でも保険税でも違いはありません。では、違いはどこにあるのでしょうか。

[2] 関連する法令が異なる

保険料と保険税とでは、関係する法令が異なります。保険料の場合は国税徴収法、保険税の場合は地方税法により徴収されます。とは言え、これは私たち国民の側からするとあまり違いが分からないというか、これによって金額が「高い」か「安い」かの差があるわけでもないので、どちらでも大して変わりはありません。しかし、実際には保険料よりも保険税を採用している方が多いです。それには以下の3つの理由があります。

(ⅰ) 保険税は時効が長い

保険料と保険税で異なるのは、時効(消滅時効)の長さです。関連する法令が異なるため、時効に差があるのです。

国民健康保険料・・・徴収権の消滅時効 2年

国民健康保険税・・・徴収権の消滅時効 5年

[2]で関連する法令が異なると述べたように、保険料と保険税では定められている時効が異なっています。

(ⅱ) 保険税は差し押さえの優先順位が高い

これも関連法令に基づくものですが、保険料(税)を滞納して差し押さえになった場合は、優先順位の高いものから弁済を受けることができます。

国民健康保険料の優先順位・・・住民税の次

国民健康保険税の優先順位・・・住民税と同じ

このように、保険税の方が優先して弁済を受けることができます。あくまで滞納して差し押さえになった場合の話なので実際にこの順位が生きるのは稀なケースではありますが、法令上はこのようになっています。

(ⅲ) 保険税は遡って請求できる期間が長い

国保の保険料(税)は、加入の届出をした日からではなく資格を取得した日から課税されます。この届出が遅れると遡って課税されることになります。このとき、過去の滞納分に対して請求できる上限年数が、保険料と保険税で異なります。

国民健康保険料の遡及賦課・・・最大2年

国民健康保険税の遡及賦課・・・最大3年

 

以上のことから、保険税方式の方が国保の運営者(市区町村)にとって有利なので、保険税方式を採る方ところが多いわけです。

加入者側としては、ちゃんと保険料を納めている分には差はありません。滞納したときに違いが出てくる可能性がある、ということになります。

※「国民健康保険ガイド 国保の手続き・保険料・節約術などをわかりやすく解説」より引用

「虫の目」「鳥の目」「魚の目」

「虫の目」とは、複眼思考、つまり「近づいて」さまざまな角度から物事をみることです。

「鳥の目」とは、高い位置から「俯瞰(ふかん)的に全体を見回して」物事を見るということです。

「魚の目」とは、潮の流れや干潮、満潮という流れを見失わないという意味です。

一般論ですが、『情報』は、近づいてさまざまな角度から眺め、そして理解する必要があります。

組織で言えば現場に出かけ、直接『情報』を仕入れるということです。そのとき、一面的な見方をせず、「複眼的」に見るということが「虫の眼」です。

しかしながら、接近しすぎると全体が見えなくなるので一度距離を取り直して、地域や業界という大きな枠からその『情報』を見直す行為が「鳥の目」です。

そして、その『情報』を理解するときに、時代や社会の流れの中で考える必要性があります。それが、どのような変化の中で発生したのかをモニタリングすることが「魚の目」となります。

経営や組織運営に関して、経営者や経営幹部はさまざまな判断を行わなければなりません。あふれかえる『情報』の中から必要なものを集め、分解し、分析し、理解を重ね、次の一手を繰り出していかなければなりません。

その時に、『情報』を「虫の目」で [多角的に眺め]、「鳥の目」で[判断を下し]、「魚の目」で[決断を行う]、というプロセスが必要になります。この「プロセス」は組織の大小にかかわらず「トップ」にとっては必要不可欠な重要な素養になります。

ところが、現実の社会ではどうでしょうか?日産自動車、スバルの相次ぐ無資格検査、神戸製鋼所のデーター改ざん・隠蔽体質など、これまでの日本の「ものづくり」というブランドを揺るがす事件が多発しています。企業の不祥事をあげれば枚挙に暇がありませんが、「自分の会社だけ儲かれば良い」という「新自由主義的」な思考と「規制緩和」がこの国の将来に大きな毀損を起こすのではないかと心配をしています。

近江商人の教えにある「三方良し」の精神、つまり「買い手良し」「売り手良し」「世間良し」をもう一度考えるべきではないのではないでしょうか。

これで良いの?法人税制のあり方~内部留保課税のあり方を中心に考える~

今度の総選挙の中でも安倍首相はしきりに「アベノミクス」による経済効果を掲げていました。確かに、今続いている「好景気」がいざなぎ景気(1965年11月~70年7月の57ヶ月間続いた景気拡張局面)を超えたとの報道がされています。現在の好景気は2012年12月から始まりましたので、2017年9月で58ヶ月になり「いざなぎ景気超え」となるのでしょうが、問題はその中身にあります。いざなぎ景気の間に国民総生産(GDP)は1.63倍に増加しましたが、今回の景気拡張局面では1.06倍にしかなっていないのです。

国民にその実感がないのは、最初に①巨大企業や超富裕層だけが税などの恩恵などを受けていてますます格差の広がりを見せているからです。いわゆる富の偏在です。次に②安倍政権が始まってから実質賃金が年間10万円低下し、1所帯当たりの家計消費も年間22万円も落ちているからです。また、2005年には正規雇用が67.4%あったものが、62.5%と減っている反面、不安定雇用である非正規雇用が32.6%から、37.5%に激増していることも挙げられます。特に若者の不安定雇用が顕著です。これが「少子化」の影響の1つの要因になっていることは明らかです。最後に③今までは中小零細業者は法人であれば法的には強制適応であっても滞納者が増えるとの理由で、社会保険に加入できないことが問題でしたが、この2年前から手のひらを返したように未加入事業者への強制的な加入勧奨で、会社の負担が増え、そこで働く労働者は実質的な手取りがかなり減ることになったからです。

これらのことを実証するように、総務省が10月31日に発表した9月の家計調査によると、1世帯(2人以上)当たりの消費支出は268,802円となり、物価の変動の影響を除いた実質で前年同月比0.3%減少しました。マイナスは2ヶ月ぶり。消費税率を引き上げた2014年4月以後の42ヶ月中38ヶ月が前年割れです。

ところで、この総選挙の争点は「消費税増税の使途」でした。国の借金返済を先送りし「こども」を生け贄にして票をかすめとったとの印象を個人的には感じています。その代替の財源をどうするかということで選挙戦の中で、「企業の内部留保」に課税すべきかどうかが与野党双方からの議論になりました。10月20日の日本経済新聞の「大機小機」というマーケットのコラム欄に「内部留保課税が問うもの」というタイトルでこの問題が取りあげられていました。

記事を要約すると「……経済界は『内部留保は二重課税である』と反対している。そもそも内部留保は法人税等を支払った後に残った利益の集積というわけだ。また、我が国の法人税負担率が諸外国より高いとの経済界からの声に配慮して、2015年には32.11%であった法人税実効税率が来年度には29.74%にまで軽減される減税措置と整合性が合わないという声もある。

総務省の統計によると、内部留保総額は07年には269兆円であったが、年々確実に増加し、16年には406兆に達している。また、現預金は07年の135兆円が16年には211兆円にまで積み上がった。最近のシンクタンクの分析では上場企業の約6割が実質無借金経営である。

しかし、なぜ今内部留保課税なのか。

かねて『企業の6重苦』と言われた事態にたいして、法人税減税や円高対策、そして日銀の超緩和策の継続など、政府や中央銀行はプロビジネス政策を続けてきた。それにも関わらず、企業はリスクをとって事業を展開するとか、従業員への還元を増やすとか、~中略~ただ何かあった時のためにと利益と現預金を蓄積するだけであった。

現に設備投資の水準は1995年以来横ばいで、労働分配率は2001年の75%から67%に下がってきている。そこへの政策当局の不満や憤慨が背景にあると見てよかろう。

~中略~内部留保課税の論議で真に問われているのは、わが国の経営者にアニマルスピリットをいかに取り戻すかということなのだ。……情けないことに。」

私の視点とは多少違うかもしれませんが、このコラムを書かれた人に賛同をします。

中間決算発表のピークの時期ですが、どんどん内部留保は積み増しされる方向に動いていますが、従業員への分配どころか、残業の減少で労働者の賃金は減っています。

日本有数の電機メーカーであった東芝の粉飾、日産自動車に続いてスバルの正規検査員がしたようにして出荷をした改ざん事件や神戸製鋼所のデータ改ざん事件などなど、世界の中でも「メイド・イン・ジャパン」といわれた信頼が利益のためだったらモラルも何もなくなる風潮になっています。

私は、日経新聞のコラムにあったような「ただ何かあった時のためにと利益と現預金を蓄積するだけであった。」という企業には、応分な内部留保課税をすべきだと思います。

安倍首相は「そんなことをしたら、日本の企業は海外に逃げてしまう。」「二重課税が生じてしまう。」などと言っていますが、内部留保金課税をしなくても企業はどんどん海外に逃げています。また、財界人などはしきりに「愛国心」という言葉を言っていますが、真の「愛国心」があれば、応分な負担をすべきです。反対論者からは「台湾が98年から企業の内部留保に対して10%の税金を課し、企業は成長投資に動きにくくなった。」との指摘がありますが、消費税2%の増税での税収効果は約4兆円です。211兆円あると言われている超大企業を中心とした現預金に毎年わずか2%課税すれば消費税の増税の必要性がなくなります。また、二重課税で身近なところでいえば消費税には、ガソリンやたばこなど多くの二重課税があります。またそうした課税が「イヤだ。」という企業には、設備投資や人材投資や賃上げをすればその部分は控除するといった制度設計にすれば良いのではないでしょうか。

また、アメリカが実施しているような法人税の累進課税(15%~35%)をすべきだろうと思います。それとともに菅隆徳税理士が試算しているような租税特別措置法を使った大企業の減税額6.4兆円を廃止する、この間の法人税の引き下げによる減税額7.5兆を元に戻せば併せて14兆円の財源が生まれます。

「大企業栄えて、民滅ぶ」にならないように、立法府や行政府は真剣に法人税課税のあり方を考えて欲しいし、8時間働ければまともな暮らしができるような制度設計を本気ですべきだろうと思います。また併せて、「大企業と中小零細企業」と「超富裕層と貧困層」の格差是正にも本腰を入れて欲しいものです。

失われかけようとしている「ものづくり大国、ニッポン」の誇りと使命を国民全体で、自らのものとして考えて行ければ良いと真剣に思っている今日この頃です。

与党の衆院選大勝と小選挙区制、政党助成金を考える~国民は手放しで安倍首相を信任はしていない~

今回の総選挙は、与党が3分の2を上回る議席を得ました。戦前は、過半数が目標といっていましたが、次々に当選者が出るたびにバラを貼る首相に満面の笑顔はありませんでした。10月22日の夜、党幹部に「こんなに勝つとは思わなかった。」と漏らしたと新聞報道されていました。

日経新聞10月25日号の試算では、「野党が統一候補を一本化していれば、与党が勝った62選挙区で勝敗が逆転する」と報じていました。現職官僚も何人かは落選の憂き目になっていたのです。「小選挙区制」という、立候補者のうち1人しか当選せず、「死票」がたくさん出てしまうという弱点が露呈しました。総選挙が戦われる中で安倍内閣の支持率は、「共同」調査で45%(9月23,24日)から40.6%(9月30日、10月1日)に下がるなど、下落の一途でした。投票日の出口調査でも安倍首相を「信頼していない」が51.0%、「信用している」が44.1%と言う民意と選挙結果のずれが生じたわけです。現に、今回の自民党への比例票は33.3%しかありませんでした。

安倍首相の笑顔のなさの原因は、一概には言えませんが全国で配布するはずの安倍首相の大きな顔写真が入った選挙用パンフレットが、ほとんど配布されなかったということもあるようです。「今、このパンフレットを配ったら得票数が減る。」という選対の判断だったのでしょうか?あれだけ「モリ・カケ」問題は、「国民に選挙戦で懇切丁寧な説明をする。」と言いながら、演説では、その説明はありませんでした。失業率は3%を下回るほどの「完全雇用」の状態なのに、政府は未だにデフレ脱却宣言ができていません。

私は、個人的には小選挙区制は二大政党に収斂されている国であれば、その良さが発揮できるかもしれませんが、与党の公明党を含め政党が乱立する風潮のこの国では、定数が3~5人の中選挙区制、もしくは、全国を選挙区とする大選挙区制にすることで民意が反映されるのではないかと思います。それと、他の先進国と比べ、選挙供託金の異常な高さがあります。日本であれば小選挙区で300万円、比例代表区での単独候補では600万円という高さで、しかも、有効投票数の10%に満たないものは没収されます。これでは、本当に真面目に選挙に出たい人を阻害する要因になります。因みに、日本の現行選挙制度を模したと言われるイギリスでは約9万円、カナダでは約7万円、アメリカ、フランス、ドイツ等の先進国にはこうした制度はありません。

また、国民1人当たり250円(コーヒー一杯分)を、自分の支持政党なしでもないのに、まったく違う政党に「政党助成金」というかたちで320億円を私たちの血税からから支出しているのも止めるべきです。自分の政党の活動資金を税金で賄わなければならないほど政党運営にお金がかかるのでしょうか。政治資金は、党費や個人献金で賄うべきで、企業や団体からすべきものではないと思います。この制度も、イギリスの110倍の超高額になっています。それでも足らないと、ヤミ献金など不明朗なものがたくさんなります。「お前も悪よのー」と散々マスコミ等で叩かれて「不眠症」で国会を長期ご欠席された元経済再生大臣も、今回の当選で「みそぎ」を受けたのでしょうか?

「国難突破選挙」と銘打った選挙で何が変わるのでしょうか?しかも、600億円の税金を投じてこの時期にしたことに未だに疑問が払拭できていません。10月24日の首相の動向は、夜7時2分、銀座のステーキ店「かわむら」(銀座ステーキ店ランキングで4.52の最高点を上げる店で、最低の値段が特選但馬ビーフステーキ100㌘コースで15,000円)で、今回息子さんに世代交代をされた高村副総裁、二階幹事長、林幹事長代理、塩谷選対委員長などと会食をされています。(日経新聞首相官邸欄より)やはり、食べ物なども庶民とは感覚が違います。

昔は「井戸塀議員」と言って政治家が政治や選挙に自己の財産をつぎ込んで貧しくなり、井戸と塀しか残らないといわれていたように、この国を変えようという志を持った議員が多く存在していましたが、今では世襲制で、蓄財を増やし、恐らく一生のなかで行くことのできない銀座のステーキ店「かわむら」にも日常茶飯事に行けるようになるのでしょうね。これだと、議員をやっている限り、本気で国民の暮らしのありようなどありませんし、国民との接点は選挙や政治献金を集めるときに限られることにならないのではないかと思うのは、決して私だけではないと思います。

ついに日本100名山達成をしました!~3度目の正直で蔵王山の山頂へ~

 

2001年5月に阿蘇山に登ってから16年間という長き時間とお金を費やしてついに日本100名山達成をしました。

当初は、8月9日の私の還暦の誕生日にもうすぐ4歳になる孫も含めて千葉にいる娘家族も含めて登山をするつもりで、レンタカーやホテルの手配もしていたのですが、台風として19日間存在したこれまでで1位タイの長寿台風となった台風5号でボツになりました。

今度は、2人目の孫のお宮参りを9月16日にするというので、妻と2人で登り、蔵王温泉と米沢牛を食する計画を立てましたが、気象庁の予報が大きく外れ、大きくUターンし日本列島を縦断し3連休は台無しになりました。17日までは予約便の変更はできるとのことでしたが、台風の進路と登山がまったく重なってしまうので、新たにチケットを買って16日の最終便で帰山しました。

3度目の正直と言う諺の通り、10月13日(金)ある研修を受講して、その後の交流会に参加し、最終の新幹線の一本前の山形行きの新幹線にかろうじて乗れました。しかし、自由席は、おそらく単身赴任をしているサラリーマンと思われる方が多数乗られていました。私は偶然にも1席空いていたところに何とか座れましたが、ずいぶんと座れない方もおられました。

日帰りで登ろうと考えていたので、ロープウェイを使って1,661㍍の標高までと考えていました。ロープウェイの運行が始まる8時半までに着けば良いと考え、山形駅発7時40分発、蔵王温泉バスターミナル着8時17分で十分と考えていました。因みにバスは、1時間に1本しかありません。ところが、ロープウェイ乗り場に着いたら、何と団体さんの人盛りで、3本目でやっとロープウェイに乗ることができました。

地蔵山頂駅を9時25分に出発し、地蔵山を経由し蔵王山の山頂である熊野岳(1,841㍍)に着いたのが10時10分、妻が作ってくれたプレートを持って記念写真を撮りました。近くにたまたまいた青年のうち1人が山口県岩国市の出身だと言うことで話も弾み、祝福の握手(欧米だとそこの場面ではハグなのでしょうが。)もしてくれました。

時間の制約もあったので、熊野岳を10時25分に出発、今度は地蔵山をスルーして急ぎ足で地蔵山頂駅まで30分で下りてきました。ところが、予定していたバスに5分違いで乗り遅れてしまいました。ふと目にすると、十割そばと温泉がセットになったお店があってそこに飛び込みました。12時近くになるとお客さんが多くなるからと、食堂が開く11時半を待って、「急いでお願いします。」と店員さんにお願いし、10分で食事し、蔵王温泉に浸かりました。日本で2番目に酸性度が高い温泉だそうですが、次のバスを逃したらまた1時間待ちぼうけになるので、さながらカラスの行水のようなお風呂になりましたが、何とかバスに間に合い、JR山形駅で比較的ゆっくりお土産などを購入することができました。

 

さて、残りが1桁になった2015年頃から最後の山は、日本100名山でも家族で登山が楽しめる蔵王山と決めていました。昨年までに97座となりましたが、今年残した98座目と99座目の山でかなりの苦労をしました。

まず98座目は、7月14日(金)に福岡空港から新千歳まで飛んで、レンタカーを借りて、そこからの東大雪荘という宿までの時間がかかったのとコンビニ探しに往生したことと、天気予報では雨だと言うことで大変な山行になるなと覚悟したトムラウシ山(2,141㍍)でした。しかし、山の天候はわからないもので、本番15日(土)は、雨どころかピーカンの雲1つない晴天でした。

朝3時に起床し、4時から登山開始。最初は楽な山道でしたが、沢をわたり、雪渓を登り、次には岩場が出現、順調に10時には山頂にたどり着きました。いっしょに行った山仲間も絶好調でした。ところが日差しの強さと気温が高いので下山の途中から悪い予感がしてきました。もしかしてけいれんなどのアクシデントがあるのではないかと。悪い予感は的中するもので、残り約1時間で登山口の所まできたときにそれが現実になりました。徐々に違和感があり、ついにはけいれんを起こしてしまい、まったく歩けなくなりました。漢方薬で効果は抜群にあると言われている芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)を持っていたのですぐに呑みましたが、その効果も余りなく、あとは気合いと根性でこれ以上ゆっくりは歩けないだろうというスピードに減速しました。その甲斐あって何とか登山口までたどり着くことができました。

この山は、2009年7月16日早朝から夕方にかけて悪天候に見舞われ、ツアーガイドを含む登山者8名が低体温症で死亡するという山岳事故が起こった山です。とりあえず何とかなって良かったです。しかし、翌日にもアクシデント。レンタカーがパンクをしているのです。幸い同行した人がパンクなどの車関係の整備などに手慣れた人で、短時間で非常用タイヤに取り替えてくれたおかげで、余裕を持ってレンタカー会社に帰還できました。同行した人がいなければ、おそらくこの山には登れなかったと思います。

そして99座目は難関の黒部五郎岳(2,840㍍、北アルプスの最深部にあり、どのルートを使ってもかなりハードな山。)でした。この山は、同行できる人がいなくて単独で登りました。7月22日(土)東京での会合が終わっていつものように交流会を済ませていたら山口宇部空港行きの最終便には間に合わないので、発想を変えて1時間遅い最終便ある富山空港に行って少し体を休めておこうと思いました。23日(日)、8時54分発の電鉄富山(バスが1日4本しかなくこの電車に乗らなければ登山口までたどり着けません)でしたので、体力は温存できました。電車で私よりも高齢の仕事をリタイアした3人組と仲が良くなり、太郎平小屋まで一緒に行くことになりました。最高齢の方は、後期高齢者の方でしたが、コースタイムよりも1時間早くその日の山小屋である太郎平小屋まで到着。週間気象予報で雨になることはわかっていたのですが、猛暑よりましかとポジティブに考えました。

この日は、日曜日でしかも外は大雨なので、テント泊の人も山小屋に泊まったので山小屋はいっぱいでした。雨でぼとぼとの衣服も乾燥室の衣服の多さに乾燥が間に合いませんでした。仕方がないので、自分の体温で乾燥させました。山小屋は宿泊者が多く、食事をとるのが30分遅れ、6時山小屋を出発する予定が30分出遅れました。また、この日はこの折立ルートからの黒部五郎岳に行く人もいなくて少々心細かったのですが、単独で出発しました。登山ルートは整備されていて間違いをするところもなかったはずなのに、どこでどう間違えたのかルートから外れ、いつのまにか岩場の変な所に入り込んでしまいました。1時間近く正規のルートに戻るため岩場を彷徨いました。幸いにも黄色のペンキが塗ってあったのでそれを頼りに何とか正規のルートに戻れました。

たまたま、大阪から来たというテント泊の若い(おそらく30歳代だと思いました。)女性2人、男性11人のパーティーと遭遇しました。聞くと黒部五郎まで行くというので、あとを着いていきました。しかし、私とは歩く速さが違いました。彼女らが休憩したときに私が追いつくといった感じでした。黒部五郎岳へあと10分という別れ(分岐点)の表示板で写真のシャッターを押してあげました。それから、とにかく自分の観念の中には彼女らについて行けば、残り10分程度で黒部五郎岳につけるということしかありませんでした。彼女らの歩くスピードが早くて、なかなか追いつくことはできませんでしたが、彼女らが目の前にちらっと見えるぐらいに私もアクセル全開でついて行きました。長い10分だとは思いましたが、山の表示はあと○○○㍍と言っても実際はものすごい時間がかかることは経験則上あったので、ひたすらついて行きました。しかし、岩場が増え、雪渓も多くなり、1時間以上も歩いたので、さすがにしんがりの女性に聞きました。「黒部五郎岳はまだですか。」そしたら彼女は、「とっくに通過したわよ。私たちが行くのは黒部五郎小屋よ。」そうだったのか、黒部五郎岳ではなく、黒部五郎小屋だったのか。「後悔先に立たず」でした。頭に描いたのは約2時間のロス、明るいうちに山小屋に着けるだろうかだけでした。

とにかく必死で引き返しました。そしたら、黒部五郎岳は、別れの表示板通り10分の所にありました。ただ少し山頂が奥まっているので、急いでいたので見落としただけでした。

そこからは、時間との戦い、宿に出した下山予定の16時はあっという間に過ぎ、休憩もせず、水分補給だけで前を向いて歩くだけでした。山小屋が見えて、胸をなで下ろしました。到着は約3時間遅れの19時前、すでに妻の携帯には16時に帰ることになっているのにまだ帰られませんと、富山県山岳救助隊から連絡がありました。山小屋に帰って、一斉に山小屋のスタッフ全員から私が無事に帰ってきたことへの安堵感だろうと思いますが、一斉に拍手がありました。しかし、妻にはめちゃくちゃ怒られました。山岳救助隊の隊員からも事情聴取がありましたが、今回の遅れは「遭難ではありません。ただ、もう少し安全に対する努力をして下さいね。それから、こんなことがあっても山を嫌いにならないで下さいよ。捜索は、スタンバイはしていたけど、日が落ちてからするようにと言う指示を出していないですし、誰も動いていませんので気にされないように。」との話がありました。

山小屋への帰りが遅くなったので、初めてスタッフの人や山岳救助隊の人と晩ご飯を食べることになりました。かなり落ち込んでいる私に気を遣ってか、山の話は一切なしでたわいのない話をしていました。

昨日の3人組の人も明日からも天気が悪いので予定を変更して、明日下山をするということになり、再びご一緒されることになりました。私は、亀谷温泉で下り、お風呂と食事を済ませ、次のバスまでの1時間20分をゆっくりと過ごし、3日間とも雨模様の山行の反省をしました。あとは、電車に乗り換え空港に早めに行き、空港内にあるラウンジで体を休め最終の便で山口宇部空港に到着しました。

特に今年の2座はしんどかったです。他にも100名山に伴うエピソードはたくさんありましたが、かなりの山をご一緒させていただいた業界の4人の仲間や個人的なつながりのある仲間、地元の山岳連盟の方々、山でご一緒して手助けをしていただいた名も知れぬ方、そしてクラブツーリズムなどの旅行社などの協力がなければこの100名山の達成は到底困難でした。また、職場のスタッフにも迷惑をかけたと思います。もちろん最愛の妻にも。そうした多くの人に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

読図やコンパスの使い方、遭難したときの行動、レスキューの仕方など基本的なことがあまりマスターできていないのに、何とか100名山を達成できたのも、明確な目標を定め、1座1座、いろんな人の力を借り、あるいは自らの力で、と言っても準備不足や途迷いも1回や2回ではありませんが、何とか「継続」し続けたことにあります。

最後に言いたいことは、登山にしても他のなにかをやるにしても「継続は力なり」と言うことを言葉だけでなく、実践することがいかに大事かと言うことです。20代までの私にはそうしたものがまったく備わっていませんでしたが、30歳を期して未成年から吸っていたたばこを止めることから始まり、税理士試験でも「継続する力」をもらったような気がします。私には才能というものはありませんが、唯一あるとすれば「継続する力」だろうと思っている今日この頃です。