カテゴリー: 税務調査 事例

市役所の著しいミスがあったときの固定資産税の還付は、5年?20年?~私の体験談より~

【1】この案件の概要

私の知り合いから相談を受けました。ご主人が昨年亡くなりました。相続登記をしたいからと今年になって納税者(被相続人の配偶者、以下Aさんといいます。)は、私の知り合いのB司法書士(以下Bさんといいます。)に自宅の土地・建物の名義変更を依頼しました。Bさんは、Aさんから固定資産全資産証明書を入手しました。

すると、昭和53年に店舗併用住宅が、昭和57年に付属家屋が新築されていました。その時に同敷地内に建っていた取り壊し済みの旧家屋4戸がとっくに取り壊し済みなのに、H市はそのことにまったく気づかず約40年間固定資産税を賦課し続けていました。

Bさんの指摘でH市の課税課家屋係からAさんの自宅へ若い男性と女性の職員(以下それぞれCさん、Dさんといいます。)が現況の調査をしにきました。すると、新築された家屋番号と同じ家屋が3戸、相続登記がされておらず、滅失登記もされていない家屋が1戸あることがわかりました。さらに、現況調査の際に、最近撮った航空写真を確認して5㎡の増築があることも把握していました。

【2】H市の対応

当初の対応としては、地方税法第18条の3号1項の「還付金に係る債権は5年を経過したときは時効により消滅する」と同時に増築部分については同法17条5号3項により「固定資産税の賦課決定は法定期限の翌日から3年を経過した以後はすることができない」を根拠条文に、還付金と増築部分の納税を相殺して還付する旨をCさんが説明をしたそうです。

賦課課税方式と申告納税方式による課税の違いなのか、そもそも課税に対する考え方の違いかは不明ですが、いずれにしてもH市の「自らのミスである賦課決定処分の反省は横に置いておいて、新たに徴収できるものには画一的に課税をする姿勢」には辟易しました。

【3】Bさんと税理士(以下、私と言います。)とAさんでH市の係と交渉

Aさん及び代理人のBさんと私の主張は、『新築された課税台帳と滅失した課税台帳に同じ家屋番号があるのは、明らかに市役所のミスであり、本来、新築されたときに気づくべきことではないか。また、固定資産税は賦課課税によるものであり、H市の課税を信じて疑わないAさんはいちいち細かい課税明細書を確認しない。したがって、国家賠償法により20年間還付すべきである。また、増築部分は、納税者の遺失利益(H市の不当利得)であり、また増築部分はごく僅少(犬を飼っていたところ)であり「少額不追求の原則」により課税をしないようすべきである。また、最悪でも進行年分からにするべきである。』というものでした。

市役所のCさんの対応は、「今回のケースは明らかなH市が犯したミスなので、国家賠償法により20年間の還付金と同加算金を還付する。追加納税については、内部で対応を考える。」との返事でした。かたわらにいたDさんは、この部署についたばかりなのか終始無言でした。

【4】H市からの回答

Cさんからの回答は『課税漏れ部分は、地方税には国税のような「少額不追求の原則」はない。したがって、課税漏れ部分は4年間相殺し還付する、平成30年度分は未納税額(2期から4期)に充当する。その理由は、こうしたケースはH市では、過去すべての納税者に課税実務上すべて相殺後還付をしており、1人の納税者に特別な扱いはできない。』つまり、お役所の好きな言葉で「前例がないのでできない。」というのが当該部署で議論した結果だそうです。想定の範囲内の回答でした。

【5】Aさんの判断

還付期限が20年になったし、意外に還付加算金が多かったのでびっくりしたそうです。

新たに発生した税額も、私が増築当時の標準的な費用を顧問先のリフォーム会社に尋ねH市の算出した課税標準額よりもその費用がかなり安価だと言うことが分かりました。そんなこともあり固定資産税は大きな負担にはならないので、これ以上何かアクションを起こすことは、コスト・パフォーマンスからしても意味がないのでH市の結論に従うということでした。

【6】もし、相続が発生していなかったら?

Aさんは、近所の方から聞いて本来「相続登記」をするつもりではありませんでした。しかし、私からのアドバイスにより「相続登記」をすることになり、私の知り合いでもあるBさんに登記をお願いしたところ、この事案が発覚したものです。

もしそのまま放置すれば、いつまでも無いはずの家屋が「固定資産台帳」にいつまでも残り、課税され続けた蓋然性が極めて強いと思われます。金額の大小ではなく、H市のチェック体制の弱さだろうと思います。それは税務署と違い、市役所内部の配置転換が3年~6年という短い期間なので専門性が発揮できないまま、次の部署に移動することになるからでしょう。

たまたまH市は、国民健康保険に資産割がなかったので良かったのですが、資産割のある自治体ではAさんの遺失利益はさらに増えていたはずです。

【7】元々の関与税理士(以下Eさんといいます。)には、固定資産全資産証明書を見る機会があったはず

このAさんのご主人(被相続人)は長らく事業(2代目の酒屋で、旧国道に面していたが、ディスカウント店やコンビニの台頭と納税者本人が大きな病気に罹患したこと、子育てもすべて終わり約10年前に商売をやめておられていました。)をしていて、ご主人自らが毎年、確定申告資料を作成していました。それをEさんがチェックして税理士署名したものを申告していました。また、Aさんはご主人(被相続人)の商売の手伝いはするが、帳面のことなどはまったく関与していませんでした。

Eさんは、H市では何本かの指に入る大きな事務所で、確定申告も件数が多く、おそらく深くEさんが関わっていなかった可能性が大きいと思われます。しかし店舗併用住宅なので、家事関連費を按分するために、固定資産全資産証明書をチェックしなければいけないし、その機会は幾度もあったと思われます。

【8】この事案を教訓にすると

税理士も納税者と同じように、地方税には疎い方が多いと思われます。固定資産税に限らず「賦課課税方式」の税金にも関心を持って、毎年固定資産全資産証明書などをチェックすべきでしょう。特に、固定資産税の縦覧には納税者と同行した方が良いと思います。

私は、これまで相続税の申告作業の中で明らかに「誰にでも通り抜ける私道」であるが、登記の現況が「雑種地」として課税があったことについて、粘り強く交渉して20年間分の固定資産税と都市計画税の還付をY市から受けた経験があります。

また、農業用倉庫として増築したものが、登記上「住宅」となっていたものについて、増築後240㎡を超えるという理由で、Y県税事務所からかなり大きな「不動産取得税」の追徴課税の通知があった事案がありました。その納税者は、毎年私の事務所で所得税の確定申告をされており、実際に自宅におじゃまをして家屋の現況の調査をして、事業用と家事用の共用部分を按分したら、かろうじて240㎡を下回り課税を免れたこともありました。

多くの税理士が、「賦課課税方式の地方税」にも興味・関心を持ってもらい「不利益な課税」を受けないように心がけなければならないと感じた次第です。

“サクラ咲く”翌日には奈落の底に

「事務所の月次顧問先さんが滞納していた消費税、源泉所得税とその付帯税、合計約120万円が昨日、差押えになりました。差押物件は今月末に入金予定の売掛金です。この社長や奥さんはすごくいい人なので何とか解除してもらえないでしょうか、そうしないとたちまちの運転資金が枯渇してしまいます。」と弊社の担当スタッフからSOSが私に入ってきました。

とにかく、お客様の会社に行って事情を聞くしかありません。残っていた業務を急いで済ませ、会社に駆けつけました。そしてお話しを聞きました。

まず驚いたのは、社長夫婦のご長男が、差押えがあった3月8日の前日、つまり7日に某国立大学に合格して、夫婦で喜んでいた矢先のまさかの差押えだったことです。文系の私にはよくわかりませんが「宇宙物理学」という勉強をしたいので、一浪をしての「サクラ咲く」だったようです。私立大学も3校受けてすべて合格したのですが、センター試験の点数が予想外に良かったので、入学金をどの大学にも払わなかったそうです。本人も一浪して第一志望の大学に合格したことは、殊の外嬉しかったでしょうが、ご両親の方が本人以上にその喜びを体感されたのではないでしょうか。

奥様に話を聞くと、せっかく貯めていた大学進学のための資金を会社の運転資金にしていたのです。それに対する罪悪感なのか最近うつ状態になっていたそうです。通常は、差押えがある場合は「差押え予告書」が交付されるのですが、税務署に対する当初の支払い計画が順調にいかなかったので余計に足が遠のき、昨年末に交付された未納額明細表以外の書類は中身を見ずに処分したということでした。

この会社は、私どもの税理士法人に変わる前の他の税理士事務所の初期指導に問題があり、貸借対照表の借方に社長貸付金が多額にあります。また、担保になるものが何もないので、金融機関に既にリスケをしていますし、信用力のなさの証なのでしょうか、金利が異常に高いのです。

また、社長と奥さんとのパパ・ママ工務店で、社長の大工としての腕は良いのですが「偏屈」「頑固」が災いして営業ができるタイプではないのです。しかも、消費税が増税する前に駆け込み需要があったものの、増税後の売上はサッパリなのです。そうした中で、女性経営者で女性の感性を大事にしたリフォーム会社との接点ができました。まさに、私どものお客様である会社にとってはまさに「希望の星」でした。しかし、その女性社長の会社も創業して間もありません。その女性経営者の会社に対する売掛金を差押えされたのです。

広島国税局の徴収部機動班から出向してきていると思われる徴収官が女性経営者の会社に赴き債権差押通知書を作成し、女性社長がそれを受領したのは3月8日16時55分と債権差押通知書に記載されたそうです。その徴収官と入れ替わるように、月末の運転資金をお願いしていたある銀行の営業担当者がやってきて、女性社長は、私どものお客様である会社に支払うべき未払金の一部が差押えになった旨を銀行の営業担当者に伝えたところ当初は「問題ないでしょう。」と言うことだったのです。そして、女性社長は私どものお客様にすぐに連絡をしてくれ、「税務署の差押えの件や銀行での借入れの決済のことについて心配しなくて良いのでこれからもよろしく。頑張ってくださいね。」と電話を切られました。

しかしその10分後に再び女性社長から電話があり、その銀行の営業担当者が私どものお客様である会社の発行した領収書がないと貸付けができないという支店からの指示があったので、今晩中に領収書を持ってきてくださいと不機嫌な様子に変わっていました。

社長は、女性社長の会社との今後の継続的な仕事ができるかどうかということと、売掛金もまだ貰っていないのに「前日付」の領収書を発行して良いものかどうか頭を抱えていました。

私は女性社長に電話をして、徴収担当官の名刺をFAXして貰おうと私どもの社長に頼んだところ、女性社長は徴収官が作成したすべての書類をFAXで流してくれました。一連の文書で「差押債権の振込口座」がありました。口座番号等が記載されている「記」より上3行目のところに「納税者から苦情等ございましたら、当署あて出署又は連絡するようにお伝えください。」という一言があったので、これを活用することにしました。

早速、国税局の機動班の職員が差押えをしたことや、差押えをするにあたり適正な手続きができているかどうか疑問だったので、総務課長と話をするため、16時過ぎに所轄署に連絡をしました。あいにく総務課長は出張で留守でしたが、総務の職員に適正手続きができていない可能性がある、約120万円を差押えられるとお子さんの「サクラ咲く」が夢物語になる蓋然性が高い、得意先との信頼関係が崩れてしまうなどを告げ、翌朝一番の8時半に、社長、奥様、私が総務課長と面談することを約束しました。

余談になりますが、実はこの総務課長と私は一定の信頼関係があります。それは、ひどい税務調査の後始末で私どもの事務所に相談に来られた納税者の方について、十分な聞き取りをし、当該税務署長宛に「抗議文」を提出すると同時に個人情報開示請求書により調査経過記録書を請求したところ、「自分たちは正しいことをしているつもりだが、特に税理士非関与の調査については、もっと納税者の理解と協力を得るようにしなければ税務署と納税者の信頼関係は構築できない。」と調査担当者に教育的指導をしてくれた人なのです。その後、別件でその署に行ったときに、総務課長を表敬訪問した際「先生のおかげで、調査の現場の実情を知ることができありがとうございました。今後とも、苦情等があったら何でもお申し付け下さい。」との会話を交わしていた女性総務課長でした。その後も、その署に赴くときはお互いに挨拶をする関係になっていました。

さて本題に戻りまして、翌日、10分程度社長と奥様と打ち合わせをした後、総務課長と面談しようと思ったら、徴収の統括官も同席ということになりました。社長は口下手だし、奥様はうつ状態だったので、私がシナリオを作り、事実関係や要望事項などを述べました。シナリオは、①事実関係→省略、②心配していること→やっと掴んだわが社にとっての「希望の星」である得意先に滞納の事実が分かることになった。そのことで、今後の継続的な取引ができなくなるのではないか。差押えされた金額は、長男の進学資金として当てにしていたものであったこと。その得意先の売掛金以外に資金化できるものはなく、個人の預金も10万円位しかないこと。借入れをしようと思ってもリスケ中なので新規融資は無理であること。得意先の融資などに支障が出てしまうことはとても心配であること。③なぜ資金繰りが悪化したのか→消費税が5%から8%になったのが主たる原因であること。④延滞に至った経過とデュー・プロセスの適正性→本当に税金に支払うお金がなかったこと。結果的に払えないのに署に赴くことや、電話することは精神的に辛かったこと。それについては深く反省していること。差押え予告書は見ていない。適正手続きが本当にされたかどうか分からない。⑤結論→即刻差押えを解除すること。失われかけている得意先との信頼関係をどう修復するのか。滞納している税金は少しずつでも返済すること。換価の猶予を職権でして貰うこと。

それに対し徴収部門の統括官は、「署の方から何回も電話連絡をしたりしたが一向に電話にでられないので、それまで担当していた再任用の職員が昨年退職してからは、新しい担当者が9月に連絡票をポストに入れた。その後も電話や訪問をした。そして、最後通牒として2月22日にポストに差押え予告書を入れた。その後、財産調査をしてその過程の中で売掛債権の存在を発見した。平成22年分の滞納もあるのに当然の措置である。」とかなり強い口調で答えました。

奥様が堅い口を開き、「本当に会社の仕事がないので私は明け方までパートの仕事をして家計支え、長男のための進学資金を貯めてきたのにそのお金も…そして会社の運転資金まで手を付けてしまった。」と涙ながらに話をされた。「本当にお金がないんです。何とかならないんでしょうか。息子の頑張りを親として無駄にはできません。」と絞るように話されました。明らかに風向きが変わってきました。

最後の最後に、昭和35年1月に書かれた我妻栄先生(私が学生時代に民法を少しかじったときには「我妻民法」と呼ばれていた民法の権威者で東京大学法学部教授でした。私が学んだときには既に鬼籍に入られていました。)が、租税徴収制度調査会の会長をつとめられた感想を、国税徴収法精解のはしがきに書かれていることを紹介しました。大事な部分だけ引用すると「~新国税徴収法の認める租税債権の優先的効力も、その徴収に当たって用いる強制力も、その運用を極めて慎重にすべきことが諒解されていることである。~いいかえれば、これらの優先的効力の主張も、強制力の実施も、真にやむを得ない場合の最後の手段としてはこれを是認せざるをえないと考えたからである。従ってまた、徴税当局がこれらの制度の運用に当たっては慎重の上にも慎重を期することが、当然の前提として諒解されるのである。~」それを一気に読みました。

総務課長は「私は徴収のことは余り分からないけど何とかならないの。」の一言に続いて徴収部門の統括官が「私も、徴収の仕事を40年やってきたので、いろいろなことを経験しました。裏切られもしました。でも、最近、定年間近になって少しだけ人を見る目ができてきました。順番は逆になりますが、明日中には差押解除通知書を出しましょう。」という顛末になりました。私も余りにも潔い対応に驚きました。

社長や奥様の親としての子どもに対する責任や誠実な態度、そして奥様の絞り出すような声が統括官を動かしたのだろう思います。

統括官は、「順番が逆になるので差押解除通知書に必要な書類は速やかに出してくださいね。先生も忙しいことは重々分かっていますが納税者の方の書類作成の援助と次回の同行もお願いしますね。11日には送付できます。そのときに必要書類を書いておきますのでよろしくお願いします。週明けの14日の朝一でどうでしょうか。」納税者も私も同意しました。

この決済は、県下で一番大きな税務署の特別国税徴収官の決済も必要だったのでしょうか。書類にその官職の名前も出ていました。

対応した部屋を出る前に総務課長が、私が読んだ「我妻栄先生の書き物をコピーさせてください。私も勉強したいんで。」コピーを取っている間に徴収部門の統括官も、「実は税務大学校で我妻先生の民法は勉強させていただきました。」との弁。コピーから返って来られた総務課長も「我妻先生の民法は、税務職員にとってもバイブルなんですよ。」と我妻先生論議に花が咲きました。

14日、徴収部門の統括官が「既に、納税者からの換価の猶予の申請はできませんので、職権で換価の猶予をやります。これをすると延滞税の税率が9.1%から2.8%に下がりますから。それとおそらく一年では完納は無理でしょうから、毎月返済可能な金額を記載して貰って、最後の月に残額を記載してください。残額については1年後に相談しましょう。その代わり今後発生する、消費税や源泉所得税は必ず期限内納付をしてくださいね。そうして貰わないと、この計画が元の木阿弥になりますから。先生もその当たりのアドバイスをよろしくお願いしますね。」これまた、驚きの措置です。

「なぜ、そこまでの配慮をしてくれるのですか。」と私が聞くと、「前回の話を聞いて、何の対応もしなければ、ある種のいじめになります。私は結婚が遅かったので、これから高校受験をする子どもがいます。1人の人間として共鳴するものがあります。」

女性の徴収官が担保提供書や納税保証書をつくっていました。ところが収入印紙200円が要ることに気づきました。聞けば税務署には売っていないとのこと。社長も奥さんも書類作成に一生懸命でしたので、私が近くのコンビニまで走って5分で何とか調達してきました。

書類がすべてできあがり女性徴収官がコピーしている間に、統括官は、「消費税増税に反対だ」と力説していました。それはどうしてですかと尋ねると「価格転嫁がなかなかできないのがこの税の本質です。だから滞納も増えるんです。」「定年になっても、税理士にはなりません。だって、それでは飯が食えないので。さりとて、共済年金が満額もらえる65歳になっても、その額では生活できませんね。同世代の人は皆さん同じことを考えているのではないでしょうか。だから個人消費が増えないんですよ。」

本当にその部分は私も共鳴するし、そんなことまで言っていいの?と思うほどでした。税務職員も組織人の側面と人間としての側面と両方持ち合わせていることを痛切に感じました。しかし、一方で当局では、徴税・徴収マシーンの製造もされているのもこれまた真実でしょう。だから、国税職員にはメンタルな病気の人が多いのではないでしょうか。

今般の総選挙で安部総理は、2019年10月からの消費税の増税の使途を借金の返済から変えて、「子ども」を人質に取り、野党のごたごたの不意を突いて大勝しました。しかし、安倍首相が「景気も回復した。株価もどんどん上昇しているでしょう。」といっても足下の経済はまるで実感がなく、デフレ傾向は継続しています。

このまま、本当に消費税を増税すれば、庶民の生活はますます疲弊し、中小零細企業は、消費税の滞納がますます増えてきて「消費税倒産」の憂き目に合うところが出てくる蓋然性は極めて高いと思います。

請願書の活用~これで税務調査が無くなった~

立正大学法学部客員教授でもある浦野広明税理士の著作の中(例えば納税者の権利と法など)に請願法を使って「納税者の権利」を守ることの実際の文章主張と実践例が記載されています。それまで、請願法についてもあまりくわしく知らなかったのですが、初めて納税者とともに書いた請願書が威力を発揮しました。

これを機会に、課税庁のあまりにも著しい法令違反や常識外れの行為についてこの文書を書くことによりその効果を数々得てきました。この税務調査は、無予告で臨場し納税者が「やめてくれ」と言ったにも関わらず強引な調査を進め結果として納税者の体調が悪くなり、経営していた飲食店の売上も落ちるなど人権を無視したあり方に対して出したところ、結果として税務調査そのものが無くなった事例です。

請願法や請願書を知らない税理士や納税者にその元本を一部改編して見本として作成したものです。活用されたい方は、チャレンジしてみて下さい。ただし、課税庁側の不法等が明確であり、納税者がそうした行為に対して怒りを感じ、代理人として税理士が関与するならば、その納税者と一体となって本気でたたかう姿勢がないと功を奏しないことも付言しておきます。

 

【  見   本 】

 

○○税務署長殿

下記の事実により日本国憲法第16条および請願法に基づく請願をする。また、請願法5条による誠意ある対応を求める。

 

1 事実経過

平成○○年○月○日(火)午前8時30分頃、○○税務署個人課税第2部門、統括国税調査官、○○○○氏(以下、統括官という)他1名の税務署員が来訪した。

玄関に対応に出た妻に対し税務署員である旨を告げ、2人は身分証明書を提示した。妻は2人に対し「主人は毎日明け方まで仕事をしていて、まだ2時間程しか寝てないので困る。」と言ったが、統括官は「ご主人の名前で申告しているので、起こしてもらえませんか。」と言った。

私は、たった今寝ついたばかりなのに何が起きたのであろうかとやっとの思いで起き上がり、パジャマ姿のまま玄関に出て「まだ寝たばかりなので今日は止めてもらえませんか。」と言うと、統括官は「ちょっと現状を見るだけなので見せてもらえませんか。」と答えた。

私が「何で昨日事前に電話をくれないんですか?そうすればもう少し早く寝るのに、このまま起きて夜中の3時まで16時間働かなくてはいけないのだから、そんな事をしたら、体を壊すから今日は止めてもらえませんか。」と言うと、統括官は再び「いや、ちょっと現状を見るだけですから。」と現状を見たらすぐ帰る様な事を言うので、私は「じゃあ、店の方へどうぞ。」と1階の店の方へ行ってもらった。

そこで、また私が「何で事前に電話をしてから来ないの。」と言うと、統括官は「すぐに帰りますから、ちょっとつり銭だけ見せてもらえませんか。」と、つり銭を見せれば帰る様な事を言いながら、その後は次々と「引出しの中を見せてもらえないか。」「帳簿を今つけている所を見せてもらえませんか。」などと要求。私が「家の中はちらかっているのでだめです。」と言っても「ちょっと見るだけですから。」とうまい事を言って家の中に入り込み、妻のハンドバックを半ば強制的に見たり、その間私が10回以上大声で「今日は帰って、少しでも寝かせてよ。」「30分でも1時間でも横にならないと体を壊すから。」と何回も何回も必死で訴えても無視して調査を約2時間余り続行した。

私はこのままではいつまでも帰りそうもないので「上司の方にお願いするから上司に電話してほしい。」と言っても無視してさらに調査を続行された。若い方の署員は、私が何回も「何をやっているんだ。早く家から出ろ。」と大声で言ってもまったく出る様子もなく、銀行通帳等を写しているので、私が「とにかく上司に直接お願いするから、これから一緒に税務署の方へ行きましょう。」と言っても行く様子はなく、私が3回4回と「上司に直接お願いする。」からと繰返すとしぶしぶ税務署に行く事になり、統括官は「上司に連絡しますので。」と言い3分位電話で打ち合わせをした後、「上司の○○に連絡しましたのでどうぞ署に来てください。」と言った。

税務署で午前10時50分頃上司の○○氏に面会。私は「何でこんな人権を無視したことをするのか。」と、激しく抗議した。○○氏は私から事情を聞き「確かにやりすぎた様だ。」と認めた。また、統括官も「引きずってしまった。」とやりすぎを認めた。さらに○○氏は「私は、ここまでひどいやり方をせよとは指示をしてない。」とも言及した。私は「こんなやり方は間違っていると思うので中止するか、延期してほしい。」とお願いしたが「それは出来ない。」と断られた。その間約30分程、私は「こんなやり方は、人権を無視しただけでなく、すぐ帰る様なことを言って人をだまして、サラ金の取立てよりひどいじゃないですか。」と抗議し、開店時間も過ぎていたので帰宅した。

その日は、肉体的にも精神的にもほとほと疲れたので店を休めば良かったのかもしれないが、せっかく当店で食事をするのを楽しみに来店してくれるお客様のことを考えるとそれもできず、そのまま仕事を続けました。しかし、夜になると立っていることもできなくなり、店をやむなく早仕舞いしてしまった。翌日も体調が極めて悪く店も早仕舞いを余儀なくされた。翌々日は体調が更に悪くなり三日も続けて早仕舞いせざるを得なくなった。

税務署員はこんな人権を無視したやり方をしても良いのか。そのために、体調を崩してとうとう店休日に医者に行く羽目にもなった。その病状を証するために医師の診断書を添付する。

また、私が体調を崩したことにより、この3日間店の売上げも減少した。この経済的損害をどのように考えているのだろうか。

 

2 請願事項

国税庁の「税務運営方針」では「調査方法等の改善」として次のように述べている。

「税務調査は、その公益的必要性と納税者の私的利益の保護との衡量において社会通念上相当と認められる範囲内で、納税者の理解と協力を得て行うものであることに照らし、一般の調査においては、事前通知の励行に努め、また現況調査は必要最小限にとどめ、反面調査は、客観的にみてやむを得ないと認められる場合に限って行うこととする。なお、納税者との接触に当たっては、納税者に当局の考え方を的確に伝達し、無用の心理的負担を掛けないようにするために、納税者に送付する文書の形式、文書等をできるだけ平易、親切なものとする。」とある。

しかし、今回の税務調査は、納税者が再三再四にわたり、体調不良を訴え「調査の延期を求めた。」にもかかわらず、長時間に及ぶ調査を続行したためについには体調を崩し医者への通院を余儀なくされ、しかもそのことにより店の売上げが減少していることは紛れもない事実である。

このことは、国税庁の「税務運営方針」からも大きく逸脱していると思慮される。

なぜ、事前通知がなかったのか、なぜ、「税務運営方針」から大きく逸脱するような、また日本国憲法第11条に定められた「基本的人権」を蔑ろにしたような調査が強行されたのか、その理由について速やかで、かつ誠意ある文書での回答を請願する。

 

平成○○年○月○日

請願人 ○○市○○町○丁目○番○号

○○○○

代理人 山口市小郡下郷1256-16-101

税理士法人総合会計

税理士 金巨 功

給与所得を無理やりに事業所得に変更?~租税法律主義と納税者支援調整官制度を思う~

ある関与先さんのご紹介により個人開業の歯科医院(私と同い年で開院20年のベテラン歯科医で地域では腕の良い歯医者さんです。)の悩みを聞くことになりました。

つい一週間前に修正申告(3年分)を提出し終了した税務調査の際に、顧問税理士事務所の事務処理についてかなりの疑問・不信感が有り、税理士(以下A税理士という)の交替を強く希望されていました。

当時、関与していたA税理士は、1年の税理士業務の停止処分中であったため、名義借りをしていた別の税理士(以下B税理士という)の立会いにより税務調査が行われました。これまでの税務調査では、交際費や福利厚生費の問題だけの指摘で、収入などの漏れは一切なかったそうです。

過去の調査では、銀行調査などかなり荒っぽいものや長期間にわたる時もありましたが、今回の調査は、特別調査官と新人の女性調査官が二人で臨場し、和やかなムードで淡々と調査は進んでいったとのことでした。また、本人や奥様にも税務署側の対応は、良かったとのことでした。

特別調査官からの疑問で、各年分の保険診療収入が診療点数×10円できっちりと収入金額に計上していることはあり得ないとの投げかけがあったそうです。これについては、A税理士の勝手な判断で、診療点数により計算された金額の差額を自由診療収入で調整して申告をしていたことが判明しました。しかしある年分については前述した診療点数により計算された金額の差額を調整しておらず、総勘定元帳の収入金額と青色決算書の金額に相違があることがわかりました。他の年分については該当金額の調整を行っているが、いずれにしても不自然な金額調整がされているとの指摘だったようです。

修正申告書とその内容を税務署側が記載していたメモ書きでは、家事関連費、従業員診療の概算計上の否認(2年分で約200万円)、その他に事業所得に計上された収入と給与所得の二重計上が記載されていました。

そして、最大の問題点は給与所得の源泉徴収票がある歯科検診代を事業所得の自由診療に認定し、本来給与所得であるべき額が事業所得の自費収入になり、それによりその年分の消費税の課税標準額が1,000万円(当初申告額は約980万円)を超してしまい、当初は免税事業者であったはずのものが消費税の課税事業者となり期限後申告していました。

しかし、自由診療とみなされた給与所得はすべて、学校医・幼稚園医としてのものであり所得区分上は給与所得で、もちろん給与所得の源泉徴収票も発行されていたので、給与所得を自由診療とした根拠が不明であったそうです。立会いをしたB税理士は一言も反論もせず、「私には何もわかりません。知りませんでした。」という言葉に終始するのみで、修正申告等を提出したそうです。

本来考えられない、A税理士の業務の停止処分中の税理士がした会計処理(個人の生命保険料を事業所得の必要経費としていたことなど)が原因で多額の所得税が追徴となったのも許し難いし、開業して20年もの間、給与所得として申告してきたものが、なぜ今回の税務調査では事業所得の自由診療となるかについても、B税理士やA税理士にも不信感を抱いたそうです。

また、特別調査官が税務調査の最後に「事務処理をしてもらう人は、よく選んだ方が良いのでは…」と言われて帰ったこともあり、A税理士とは決別することを決めたそうです。人づてに頼りになる税理士を紹介して欲しいと相談をしたが、なかなか適任がいなく困っていたところ、以前からの知り合いの自営の方で私の事務所の関与先さんに相談すると「うちの顧問税理士は、凄く頼りがいがある。」と太鼓判を押されたので、私のところに相談があり、すぐに気に入ってもらって顧問契約をさせていただくことになりました。

因みにA税理士は、顧問契約の解除のときに「うちを切るつもりですか?うちはおたくとの契約がなくなっても何も困らない。」と開き直り、謝罪の言葉は一言もなかったそうです。

とりあえず「損害を与えられたものに対しての請求はしましょう。」との助言をしたところ、院長がA税理士に連絡をし、加算税、延滞税などの付帯税相当額はすぐに振込をしてくれたそうです。その理由は、「訴えられたら困るから」と言うことでした。

修正申告をした年分の確定申告については、給与に該当するものは「給与所得」として申告をすべきで、今後のためにもはっきりとした方が良いのでとはとの考えで、当該税務署と交渉をすることを決断しました。

平成13年7月に新設された「納税者支援調整官制度」というものがあり、山口県内には下関税務署に広島国税局より派遣された納税者支援調査官が常駐しています。国税庁のHPによると、納税者支援調査官について「国税庁、国税局又は税務署に対しては、処分に対する不服申立てだけでなく、職員の応対や調査の仕方など税務行政全般について、納税者から不満や注文、批判、困りごとの相談などが寄せられることがあります。このような納税者のさまざまな苦情等に正面から対応することが、納税者の理解と信頼を得るためには不可欠であると考え、納税者の視点に立って迅速かつ的確な対応を図っています。平成13年7月からは、納税者支援調整官を各国税局のほか、主要税務署に派遣配置し、納税者の権利、利益に影響を及ぼす処分に係る苦情について、権利救済手続を説明するなど、適切に対応しています。」とその意義が書いてあります。

今回、「いったん修正申告をしたものについてどのようにしたら良いか」と考えあぐね、初めての試みですが、まずはこの「納税者支援調査官制度」を活用してみようと思い、確定申告が終了してすぐ当該支援官とアポイントをとり4月3日、下関税務署の支援官のもとを訪ね納税者の苦情の申し出をおこなうことになりました。

調整官は「この制度は苦情等をお伺いして、関係部署におつなぎするだけで、問題の解決をする部署ではないことをご承知ください。」と繰り返し言うのみで、「苦情お承り係」であることを、ことさらに強調していました。どんな方がこの調整官になるのかはまったく知りませんが、とにかく笑顔を絶やさず、優しい口調で、しかもこの事案については、「先生のお話しは、もっともで私なりに重々理解できました。税務調査に関することは実際に調査した部門に、A税理士の名義貸し行為の件については総務課長にそれぞれ連絡と調整をします。」と約2時間かけて説明しました。

調整官の日程調整によりその調査の担当特別調査官に話を繋いでもらい4月23日に担当者を訪ねました。この担当特別調査官も、開口一番「今回の問題を納税者支援調査官に話を持っていくのは筋として間違っている。税務調査とその結果に異議があれば、直接私に電話をしてきたらいい。更正の請求や申し立ての制度を利用すれば良い。」との言い分でした。

納税者支援調整官は、「苦情処理の経緯及び顛末について、処理の進展の都度整理しその内容を国税局総務部総務課長に報告する。」という義務があるようなので管轄の異なる機関が介入するのを好まないといった意識があるのだと感じました。

担当特別調査官との話し合いではまず、「なぜ給与所得を事業所得の自由診療にしたのか」と質問をしました。当時の担当特別調査官の認識のなかでは、「単なる歯科検診ではなく、自院の棚卸資産を使用したフッ素の塗布であると聞いた。そうであれば、源泉徴収票は給与所得でも自由診療になる」ということでした。

当方の主張を丁寧にしましたところ、担当特別調査官は「事実関係がそうであるのか、そうではないのか。」を再度、納税者に確認して欲しいということになりました。

また、担当特別調査官からは、付表に記載した自由診療と雑収入の合計と消費税申告書の収入金額が相違している点について再度確認して欲しい、との要請もありました。

そして、上記の2点の確認事項がクリア出来れば「更正の請求等」を認め、還付をしましょうとの話になりました。

院長に確認したところ「フッ素の件に関しては、学校保険会からの依頼でフッ素の塗布がある場合、材料と機材は歯科医師会が提供したものを使用する。生徒から別途料金を頂くが、その金銭の受取りについては当医院では行っていない。また、個別で行っている歯科検診は、当院の場合、私立学校等からの依頼であり、フッ素塗布の要請もないので、行ったことはないし、それだけの人数に対応する機材も独自には持っていない。」という返事でした。

消費税申告書の相違の件は、単なる課税所得の計算間違い(ケアレスミス)であったことがわかりました。

以上確認のもと、再度5月9日に担当特別調査官のもとを訪ね、相互に検証した結果、担当特別調査官も「自由診療としたのは間違いであった」と認めざるを得ませんでした。その他今回、新たに判明した修正事項がいくつか出てきたため、話し合いにより本来のあるべき姿で「更正の請求等」の手続きをすれば、過大に納税したものはすべて還付することで終了しましょう、との結論を導き出しました。3年分で40万円を超える還付金額になりました。

A税理士の件は、再度調整官に総務課長へよく話をしておいてくださいと念押しをしておきました。

この結果を報告するともに、A税理士の会計及び税務処理の間違いや名義貸し行為について損害賠償請求もできますよとお話しましたが、「あれだけ精神的につらい時期をやり過ごし、やっと安心して事業に打ち込む事が出来るようになったので、今またA税理士と接触し、精神的苦痛を感じるのは勘弁してもらいたいことを理解して欲しい。」とのお気持ちのためそれについては、私も納税者の気持ちを理解しこれ以上ことを荒立てないと言うことでこの事案を終えました。

あれもダメ!これもダメ!と言う税理士

長く懇意にさせてもらっている方からの紹介でとある個人の建設関連業者の税務調査に関わることになりました。

事業主やその奥様にお話しを聞いて驚いたのは、税務調査で顧問税理士が、税務署員に対して何も発言や意見を言わないことでした。

毎年の所得税の確定申告では、あの支出もダメ、この支出もダメと節税相談には、まったくのってくれなくてまるで意図して税務署に高い税金を払っているようだったと感じたそうです。

にもかかわらず、税務調査では税務署員の突っ込んでくるところには、まったくの「だんまり」です。その事業主や奥様も顧問税理士に対して呆れることばかりだったようです。

当時依頼していた税理士が担当する以前はその担当税理士のお父さんである税務署出身のOB税理士に関与してもらっていました。その当時は、アドバイスもある程度はしてくれたし、税務調査のときも口下手な事業主に代わって代弁もしてくれていたそうです。

しかし、代替わり(二代目である息子さん)してから、奥様が一番気に入らなかったことは、青色事業専従者給料の値上げをお願いしても理由も言わずにただ「ダメ」と言う返事しかくれなかったことでした。特前所得(青色専従専従者給料を引く前の所得金額)が、はるかに1,000万円を超えているのに、実態との乖離に二代目税理士に不信感を持ちました。奥様は「現場にも事業主であるご主人と一緒に出て働き、その上に経理事務までやっているのに」との思いが強くあったようです。

奥様の弁によると「主人よりよっぽど稼いでいるのに、パートと同じ位の給料しかダメというのは到底納得できない」と私に訴えられました。それが実感なのです。

また、同業者から法人化すれば節税になると言われ件の税理士に相談しても「まだ早い」と、またまた「ダメ出し」です。

にもかかわらず、税務調査は調査官に押される一方です。いよいよ税額が決まる寸前になって、「この税理士と縁を切る覚悟ができた。」と私どもの事務所の扉を叩かれた次第でした。

帳簿はしっかりと付けてあります。ただ、やたらと店主貸が多いのと建設業関連にしては、休憩時間のコーヒー等費用がまるで必要経費になっていなかったのです。

どのような税務調査の結末にするかの戦略会議をご主人、奥様、私ともう一人税理士を加えた合計4人で開きました。

その会議の内容は、僅かな金額ですが納税者のミスによる一部の収入漏れの不備は蒸し返しても難しそうだったので、必要経費をどのように増やすかに力点をおくことに決めました。

ご主人と奥様2人の役割について、まず、ご主人は店主貸になっているもので仕事に関連しているものがあるかをピックアップして、その領収証などに誰と何のためにその飲食店を使ったかを調べることにしました。

また、奥様は、朝のミーティング、10時と15時の休憩の3回の自販機による缶コーヒーなどの出費を、出面帳から直接雇用している人、外注先、元請け先の人数と名前を出金伝票に書くことにしました。3年間計算するとかなりの金額になりました。

準備万端整えて所轄税務署の統括官とアポをとり、われわれ4人と話し合いをすることになりました。いよいよ話し合いの日、通された応接室でその統括官の顔を見てびっくりしました。

私が、前回にあった関与先の税務調査の立会をした時、納税者から「人権侵害があった」とかなり強い口調でクレームを言われた統括官だったのです。

クレームの内容はもっともなもので、前回の税務調査で、きちっと帳簿なども記載しているのに一番大事な売上先(売上金額の90%を占める)に、納税者の了解なしに反面調査をされ、まるで脱税でもしたようなことを売上先に言ったことに納税者はかなり憤慨されたという経緯があり、その結果、半年間その売上先からの受注が止まり、生活もままならなかったというものでした。

因みに、この反面調査があった税務調査の立ち会いもある団体の紹介で、とある税理士からの途中交代でした。この事実を件の統括官はまったく知らず、5年前の事績簿は廃棄しているし、今の事績簿にもクレームがあった記載がされていないことは「税務署の管理体制の不備だ」と納税者が主張され、「それはもっともだ」とその統括官は平謝り状態でした。前回の税務調査もほとんど問題はなく、この度の税務調査も大きな問題点もなく終わりました。  その統括官は「贖罪の念」があったのか、当方の主張をすべての受け入れてくれ、追加の要望もの部分も含めて必要経費をすべて認めてくれました。予想外の完勝でした。

納税者も大変満足され、まさに粘り勝ちの結果となりました。このような統括官の対応こそ全体の奉仕者である公務員であると思うし、税務行政がこうであると思った瞬間でした。

神棚に上げた書類が重加算税に

私が関わった事例で裁判まで争った事案です。ある方の紹介で初めての納税者に会いましたが、とても律儀な職人さんと言った印象を持ちました。若い頃の無理がたたったのか既に病気がちで年齢も還暦を過ぎておられました。また、経理担当の奥様も「若い頃はすごく美人ではなかったかな」と思われる理知的な感じの方でした。

ご主人は、潜水夫で海洋土木専門の準大手ゼネコンから直に仕事の受注を受けていた会社の社長でした。 バブルの頃はたくさんの潜水夫を雇われていましたが、バブルの崩壊で仕事がめっきり減少しても、利益の源泉である潜水夫に辞めてもらったらいざ受注できたときに困るので雇用を継続されていました。

しかし、待てども暮らせども受注はなく塗炭の思いで潜水夫全員に辞めてもらうことになりました。その結果、バブルの頃は大変良かった財務内容も人件費という最大の固定費がかさみ、毎年赤字を垂れ流し、とうとう債務超過にまで陥りました。 当時は、税務上の繰越欠損金(赤字の繰越)は5年間で消えてしまう時代でした。既にそのほとんどは消えてしまい、会計上と税務上の欠損金に大きな乖離が出てしまいました。

そんな折、元請先に税務調査が入り、元請先では既に書面で下請先である当会社の債権を既に書面で放棄をして、貸倒れ処理をしていました。その金額も大きく約5,000万円という多額なものでした。

当然、下請業者である当会社とすれば、元請先から債権放棄されているので税務処理上、債務免除益(5,000万円の利益)を計上しなければなりません。しかし、社長としては、元請けからのありがたく大事な書類という認識はしていたので、その債権放棄通知書を神棚にあげていました。

職人としては一流でも、その書面が税務上どんな扱いになるか知る由もありませんでした。したがって、顧問税理士にもそのような書類を元請先からもらったことの報告もしていませんでした。

しばらくして、元請先の貸倒れ損失(5,000万円の損失処理)が適法かどうかの確認のため税務調査が下請先である、その社長の会社に入りました。税務調査は、件の債権放棄通知書は「益金になる」との指摘を受けたばかりか、顧問税理士にもその報告をしなかったのが、「隠ぺい行為」に当たるものとして、重加算税の付加を受けることになりました。

担税力もまるでないのに法人税の課税対象となるばかりか、重加算税の付加のおまけ付き、顧問税理士は税務署の言われる通り修正申告書を一言の文句も言わず、また、「納税の緩和措置」もせずに、厚かましいことに税務調査の立ち会いの費用まで請求してきました。

その調査に「ガテンがいかない」社長は、親しくしていた知人に相談したところ、私の事務所を知り「何とかならないか」という相談がありました。

これは大変な事態だとすぐに私も認識し、本税部分は元請けが貸倒れ処理した時期と当会社が債務免除を認識した日のズレを理由に課税処分の取り消しを、そして重加算税の付加については、隠蔽の認識はなかったことを理由に苦し紛れにその取り消しを求めました。

私とすれば、本税部分は既に修正申告書を提出もしているし、なかなか難しいにしても、重加算税の取り消しは見込みがあると踏んでいました。というのも、会社は、ほぼ死に体で、担税力が全くないのに無理矢理に課税するのはいかがなものかなと内心思っていたからです。

最終的には課税処分は退けられましたが、国税局の判断で「滞納処分の取り消し」と言う処理をしてもらい、結果として納税はなくなりました。課税部門は税務調査で成績をあげれば、後は徴収担当が何とかしてくれると思ったのでしょうか。成績至上主義にも程があると感じました。

滞納処分の執行停止に至るまでの経緯は次のようなものです。現行の異議申立とシステムとは違いますが、異議申立も審査請求も棄却でした。しかし、ここまではそうなるというのは想定内でした。

税務事案が裁判になるのを少なくするため「前置主義」つまり異議申立と審査請求という制度が置かれています。納税者と相談し、重加算税だけは裁判で争うと意識の統一をしていました。

納税者の知り合いで、ものすごく信頼していて有能でかつ実績のある、とある弁護士に「重加算税の取り消し訴訟」を依頼しました。その弁護士は、たまたま私も知っていて、正義感が強く、弱者のためならボランティア価格で頑張ってくれる方でした。 その弁護士と何回も打ち合わせして、「争点」は、納税者にとって現金取引の伴わない書面一枚を神棚にあげて税理士に報告しなかった行為が「隠ぺい行為」に該当するかに絞りました。

税務調査、不服申し立て段階から一貫して、納税者は包み隠さず「この書類は大変ありがたいもので、このような結果になったのも私が、信仰心が強く、すべて神様のお陰様と考え、神棚に書面をあげたことによるものである。」と主張してきました。同じような事案で「重加算税を課すのは酷だ」と言う裁決事例もあったので勝てる見込みがあると裁判に臨みました。

ところが、判決文は予想に反して「知らないあなたが悪い」との不当判決でした。控訴も検討しましたが、これ以上は精神的にしんどいとの納税者の意向で、やむなく断念しました。

後日談ですが、私が所属しているある勉強会に、件の裁判官が退官され、後に弁護士登録されてその勉強会に入会されました。初めての勉強会の後の宴席で件の判決のことが話題になりました。実はこの裁判官は、地元山口の出身で一旦就職して、しかもエリートコースに乗れる大学の出身ではなく、ものすごく苦労して現在の地位を築き上げ、さらに、ある高裁の裁判長の内示があったときにこの判決文を書いたようで、もし、その判決文で納税者側を勝たせるものを書いたらその内示が不意になったらとの思いが強く、やむなく納税者が負ける判決文を書いたが、本当は「原告である納税者勝訴」の判決文を書きたかったと打ち明けてくれました。元々裁判官は、だれからも独立した地位のはずなのに、こんなことが起こるのも、政府官邸人事と同じように、裁判官も最高裁事務局に人事が委ねられていることの悲しい証左なのかも知れません。

MHK出版発行の「犬になれなかった裁判官」の逆バージョンだと思いましたし、そうした人事が判決を歪めている側面があると感じました。官庁でも民間でも人事畑の人間は出世すると言われることも頷けます。

さて、裁判も終わり、次に待っていたのは納税でした。余りにも納付金額が多いので、担当は、国税局の滞納整理部でした。あらかじめ納税者の財産調査をして、まったく納税資金がないとわかってから、既に滞納処分の執行停止に動いた節がありました。結局、国税局の滞納整理部の方は年に一回も来訪せず、納税者の2回の訪問で滞納処分の停止に至りました。

まじめに納税をしようとしてもたまたま不可抗力で、担税力がなくなりその後も納税の見込みがない納税者に課税しても、課税部門も徴収部門も苦労の割には成果がでないような税務調査は止めてもらいたいと願っています。

忘れられぬ税務調査

これから私が35歳に税理士登録をしてから現在まで体験した税務調査で、印象に残った数多くの事例を紹介していきたいと思いますが、はじめに税理士には、職業上の守秘義務があるので、その税務調査がどこなのか特定できないように業種や会社の規模等を変えてお伝えする事を予めご了承下さい。

私の関与しているところは県内3ヶ所ある事務所で、月次先、年一先、所得税の確定申告だけの先、相続税の税務代理をしたところを合わせたら、おそらく500件は超えていると思います。しかし、なぜだかはわかりませんが、意外に税務調査が少ないので助かっています。例えば、前期の事務年度(平成28年7月から平成29年6月まで)の税務調査の件数は、わずかに一件だけでした。

税務調査が少ないということは、税務調査の精神的煩わしさ、貴重な時間が調査によって割かれることがない、そして、何より関与先に安心感を与えられることなどプラスの側面が強いです。 とはいっても、税務調査の立ち会いを全くしていないわけではありません。懇意にさせてもらっている組織や団体や関与先からそして、なかには行きつけのスナックや焼き鳥店で聞き付けて、税務調査の最初から、あるいは途中から立ち会いをすることが存外多いのです。時には黒焦げ状態からの関与もあります。

自分で税務代理をしていないところなので、申告内容の吟味はしっかりやり、税務署に対しての落としどころを確認します。 すると、案外軽微な修正で終わったりします。

また、納税者に対して調査手続きに瑕疵があったり、きわめて問題発言があったりします。そんなときには、日本国憲法で規定されている請願法や税務署長への抗議文で対応します。全てが上手くいくわけではありませんが、一定の成果があります。 何より依頼をされた方の満足度はかなりあり、調査終了後に関与先になってもらっているところがほとんどです。

こうした税務調査の生々しい経験を定期的にお知らせしようと思います。乞うご期待下さい。

コピー代は一枚1,000円ならOK

法人を設立して10年目で、やっと税務署のお出ましとなりました。この会社は、とても特殊な技能をもっているため、世界中から引き合いが来たりすることもあり、うなぎ登りで成長を続け、今では売上高も利益も納税もびっくりするくらいです。この会社の強みは社長の交渉力、いわゆるネゴシエーションのうまさにあります。たとえば私どもとの顧問料についても、大変厳しく値切ってきます。しかし、社長の饒舌にいつの間にか社長のペースに巻き込まれます。ただ、値切るのではなく、売上や利益が目標に達したら提示された顧問料を払うと宣言し、毎年宣言された目標通りになるので、ありがたいことに毎年顧問料金を上げてくれます。私どもの事務所が、利益が上がるノウハウや節税戦略をアドバイスします。 完全に、経理が自前でできているので、月一回訪問のときは、ほとんどが雑談めいたことばかりです。しかし、その社長は、その雑談から世界の動きや他の業界の動向、自分の会社の戦略会計の肝を、節税のノウハウを通してやんわり聞いてきます。だから、訪問する前には、新しい世間の動きを調べて訪問するので、すごく勉強になります。しかも、訪問時には、もろにそんなことを聞かずに、ユーモアを交えての雑談から自分のペースで話を進めて行きます。

会社が急成長していたので3年目の決算・申告が終わった頃から税務調査のことは、当然意識していましたが、待てど暮らせど税務署の事前通知は来ません。そして、納税額が4,000万円を超えた10年目に税務署のお出ましとなりました。

いよいよ税務調査の当日になり、社長は、何時ものようにマイペースに二人の税務署員に話をします。税務署員も社長のペースに引き込まれて行きます。いつもは、税務調査の中で調査理由の開示を正面からしても、納税者の主張と税務署の主張のガチンコ勝負でお互い譲りません。ときにはそれだけで、半日を費やすことも多々あります。最後は、当方から、売り上げと仕入れとの関係、人件費、交際費で考えたらいいですね、と妥協案を出しますが税務署のほうは、他に調べたいことが出てきたらそれも調べさせてもらいますからとのやり取りになります。

ところが、社長は雑談の中で、調査理由の開示を聞いてしまいました。大したものです。 臨場調査は3日間でしたが、どの証憑書類を見てもおかしなものは出てきません。というよりは、一枚一枚の解説に社長の話が、税務署のへの皮肉やそんなところで働かないで、うちで働かないかとほとんどのジョークの世界に税務調査は、一向に進みません。ついに約束した3日間があっという間に過ぎて終いました。

困り果てた税務署の職員は、最終日にコピー機を持参して、社長にコピーを求めてきました。社長は、「コピーをするのは構わないけど、一枚1,000円だ」と言い放ちました。これには、私も税務署員も唖然としました。 その理由も、説得力が在りました。一枚一枚の書類が、わが社の経理課や人事課、営業課の汗と涙で作成した、わが社のノウハウなのに、10円でコピーされては、社長として部下に説明がつかないし、税理士事務所のノウハウも10円とは合点が行かない。 税務署員は、何の抵抗もすることなくコピー要求を取り下げました。

この税務調査の結末は、読者の想像にお任せしますが、あれから10年、業況は右肩上がりなのに税務調査の兆候は何もありません。 一枚1,000円と言うことが、とっさにでることは、この社長のキャラクターそのものであり、こんな発想が瞬時に浮かんだ応用力に対して敬意を払いました。

なぜ、佐川国税庁新長官が就任会見をしないのか?

7月5日の人事異動で、理財局長から国税庁長官に就任しました。 理財局長から職員五万人を擁する次官級のポストである国税庁長官に就任したことは、4回連続であるし不思議ではない人事であるとも言えなくもないですが問題の本質は、

【佐川氏は、財務省理財局長であった今年2~6月、森友問題で連日、国会答弁に立ち、国有地が、8億円安く売却された経緯に関する野党の追求に対し、「規則にのっとって適正な処分をした」などと主張。一方で、交渉過程で何が起きたかについては「(交渉記録は)破棄した。残っていない」「(担当者の)記憶に残っていない」「政治家は関与していない」と繰り返すだけで、事実関係の説明を拒んできた。

国民の疑問が解消されない中、佐川氏は理財局長から次官級の国税庁長官に昇格。理財局長からの昇格は四人連続だが、国民からは安倍晋三首相を守ったことへの「論功行賞」といった批判が上がり、国税庁にも苦情が寄せられている。今後、就任会見を開けば、記者から森友問題に質問が集中する可能性が高い。

本紙などが加盟する国税庁記者クラブは、佐川長官が5日に着任して以降、できるだけ早く就任会見をするように同庁に求めてきた。同庁広報は取材に「諸般の事情で調整が長引いている。開かない可能性もある」としている。

広報によると、長官の就任会見は慣例で、着任して二~三週間後に開かれてきた。記録の確認できる2000年代以降、すべての長官が行ってきたという。会見では、今後の抱負に加え、趣味や座右の銘などを記者が質問してきた。

ある国税庁職員は「佐川長官になり、税務調査がやりにくくなった。長官が書類の廃棄を認めているので、調査対象者から『自分たちが書類を廃棄しても構わないだろう』というような嫌みを言われる。現場にも影響が出ている」と、困った表情で語った。】

※東京新聞引用

国民を欺き、有るものを無いと言い、黒を白と言い逃れてまで安倍晋三首相を守り抜かねばならなかったキャリア官僚の隠蔽体質と、憲法にも定められている公務員は国民全体の奉仕者であるという役割が完全に欠落していることではないでしょうか。

佐川長官が長官であるかぎり、彼の部下である税務職員は、納税者から非難や皮肉を言われ続けられるでしょう。また、納税者は、この際、強い者には弱く、弱い者には強いと言われている「課税庁」に、今こそ「もの申す」ことができる賢い納税者に変身しないといけないと思います。

悪いのは、トップであって末端の税務職員ではありません。賢い納税者と手をとり、佐川長官に森友問題の真相を語らせ、白黒をはっきりつけさせ、消えた8億円問題を藪入りさせない行動を両者が手を携えてするチャンスだと思います。 そして、納税者性悪説に立つ税務行政を変革し、納税者性善説へと切り替えて行く好機にして、納税者権利憲章を作ることと国民のための国税庁に改革することを強く願います。