【1】この案件の概要
私の知り合いから相談を受けました。ご主人が昨年亡くなりました。相続登記をしたいからと今年になって納税者(被相続人の配偶者、以下Aさんといいます。)は、私の知り合いのB司法書士(以下Bさんといいます。)に自宅の土地・建物の名義変更を依頼しました。Bさんは、Aさんから固定資産全資産証明書を入手しました。
すると、昭和53年に店舗併用住宅が、昭和57年に付属家屋が新築されていました。その時に同敷地内に建っていた取り壊し済みの旧家屋4戸がとっくに取り壊し済みなのに、H市はそのことにまったく気づかず約40年間固定資産税を賦課し続けていました。
Bさんの指摘でH市の課税課家屋係からAさんの自宅へ若い男性と女性の職員(以下それぞれCさん、Dさんといいます。)が現況の調査をしにきました。すると、新築された家屋番号と同じ家屋が3戸、相続登記がされておらず、滅失登記もされていない家屋が1戸あることがわかりました。さらに、現況調査の際に、最近撮った航空写真を確認して5㎡の増築があることも把握していました。
【2】H市の対応
当初の対応としては、地方税法第18条の3号1項の「還付金に係る債権は5年を経過したときは時効により消滅する」と同時に増築部分については同法17条5号3項により「固定資産税の賦課決定は法定期限の翌日から3年を経過した以後はすることができない」を根拠条文に、還付金と増築部分の納税を相殺して還付する旨をCさんが説明をしたそうです。
賦課課税方式と申告納税方式による課税の違いなのか、そもそも課税に対する考え方の違いかは不明ですが、いずれにしてもH市の「自らのミスである賦課決定処分の反省は横に置いておいて、新たに徴収できるものには画一的に課税をする姿勢」には辟易しました。
【3】Bさんと税理士(以下、私と言います。)とAさんでH市の係と交渉
Aさん及び代理人のBさんと私の主張は、『新築された課税台帳と滅失した課税台帳に同じ家屋番号があるのは、明らかに市役所のミスであり、本来、新築されたときに気づくべきことではないか。また、固定資産税は賦課課税によるものであり、H市の課税を信じて疑わないAさんはいちいち細かい課税明細書を確認しない。したがって、国家賠償法により20年間還付すべきである。また、増築部分は、納税者の遺失利益(H市の不当利得)であり、また増築部分はごく僅少(犬を飼っていたところ)であり「少額不追求の原則」により課税をしないようすべきである。また、最悪でも進行年分からにするべきである。』というものでした。
市役所のCさんの対応は、「今回のケースは明らかなH市が犯したミスなので、国家賠償法により20年間の還付金と同加算金を還付する。追加納税については、内部で対応を考える。」との返事でした。かたわらにいたDさんは、この部署についたばかりなのか終始無言でした。
【4】H市からの回答
Cさんからの回答は『課税漏れ部分は、地方税には国税のような「少額不追求の原則」はない。したがって、課税漏れ部分は4年間相殺し還付する、平成30年度分は未納税額(2期から4期)に充当する。その理由は、こうしたケースはH市では、過去すべての納税者に課税実務上すべて相殺後還付をしており、1人の納税者に特別な扱いはできない。』つまり、お役所の好きな言葉で「前例がないのでできない。」というのが当該部署で議論した結果だそうです。想定の範囲内の回答でした。
【5】Aさんの判断
還付期限が20年になったし、意外に還付加算金が多かったのでびっくりしたそうです。
新たに発生した税額も、私が増築当時の標準的な費用を顧問先のリフォーム会社に尋ねH市の算出した課税標準額よりもその費用がかなり安価だと言うことが分かりました。そんなこともあり固定資産税は大きな負担にはならないので、これ以上何かアクションを起こすことは、コスト・パフォーマンスからしても意味がないのでH市の結論に従うということでした。
【6】もし、相続が発生していなかったら?
Aさんは、近所の方から聞いて本来「相続登記」をするつもりではありませんでした。しかし、私からのアドバイスにより「相続登記」をすることになり、私の知り合いでもあるBさんに登記をお願いしたところ、この事案が発覚したものです。
もしそのまま放置すれば、いつまでも無いはずの家屋が「固定資産台帳」にいつまでも残り、課税され続けた蓋然性が極めて強いと思われます。金額の大小ではなく、H市のチェック体制の弱さだろうと思います。それは税務署と違い、市役所内部の配置転換が3年~6年という短い期間なので専門性が発揮できないまま、次の部署に移動することになるからでしょう。
たまたまH市は、国民健康保険に資産割がなかったので良かったのですが、資産割のある自治体ではAさんの遺失利益はさらに増えていたはずです。
【7】元々の関与税理士(以下Eさんといいます。)には、固定資産全資産証明書を見る機会があったはず
このAさんのご主人(被相続人)は長らく事業(2代目の酒屋で、旧国道に面していたが、ディスカウント店やコンビニの台頭と納税者本人が大きな病気に罹患したこと、子育てもすべて終わり約10年前に商売をやめておられていました。)をしていて、ご主人自らが毎年、確定申告資料を作成していました。それをEさんがチェックして税理士署名したものを申告していました。また、Aさんはご主人(被相続人)の商売の手伝いはするが、帳面のことなどはまったく関与していませんでした。
Eさんは、H市では何本かの指に入る大きな事務所で、確定申告も件数が多く、おそらく深くEさんが関わっていなかった可能性が大きいと思われます。しかし店舗併用住宅なので、家事関連費を按分するために、固定資産全資産証明書をチェックしなければいけないし、その機会は幾度もあったと思われます。
【8】この事案を教訓にすると
税理士も納税者と同じように、地方税には疎い方が多いと思われます。固定資産税に限らず「賦課課税方式」の税金にも関心を持って、毎年固定資産全資産証明書などをチェックすべきでしょう。特に、固定資産税の縦覧には納税者と同行した方が良いと思います。
私は、これまで相続税の申告作業の中で明らかに「誰にでも通り抜ける私道」であるが、登記の現況が「雑種地」として課税があったことについて、粘り強く交渉して20年間分の固定資産税と都市計画税の還付をY市から受けた経験があります。
また、農業用倉庫として増築したものが、登記上「住宅」となっていたものについて、増築後240㎡を超えるという理由で、Y県税事務所からかなり大きな「不動産取得税」の追徴課税の通知があった事案がありました。その納税者は、毎年私の事務所で所得税の確定申告をされており、実際に自宅におじゃまをして家屋の現況の調査をして、事業用と家事用の共用部分を按分したら、かろうじて240㎡を下回り課税を免れたこともありました。
多くの税理士が、「賦課課税方式の地方税」にも興味・関心を持ってもらい「不利益な課税」を受けないように心がけなければならないと感じた次第です。