月別: 2021年12月

賃上げ促進税制は有効に機能をするのか~金融所得課税や炭素税には触れずじまい~

12月10日に自民、公明両党は2022年度の税制改正大綱を決めました。閣議決定されたこの大綱をもとに、国税の改正法案については財務省が、地方税の改正法案については総務省がそれぞれ作成し、来年1月招集の通常国会に提出されます。現在の国会の力関係ではこの改正法案が年度内(3月末)に可決、成立します。

この大綱の目玉は、「成長と分配の好循環」を掲げる岸田政権のもと、企業の賃上げに対する税の優遇措置のさらなる拡充が盛り込まれました。減税規模は1,000億円と見込まれています。

具体的には、全体の給与総額をベースにみた賃上げ率などに応じ、大企業は最大で30%(現行は最大で20%)、中小企業は最大で40%(現行は最大で25%)の税額控除を行うというものです。

果たして、賃上げ促進税制の効果はあるのかはなはだ疑問です。そもそも賃上げは税制の優遇策で決まるものではありません。それは、労使の交渉などによって決まるものです。現にこの制度は13年度の導入以来、見直しがされて継続してきましたが、13年度に比べ20年度の実質賃金は、非正規社員の増加などが要因で低下しているとの指摘があります。

また、中小企業では赤字申告が約60%を占め、黒字申告をした企業でも納税額はわずかなところがほとんどです。こうした企業はその恩恵は受けられません。つまり、賃上げする体力がないと言うことです。中小企業の割合は99.3%で、そこで雇用されている従業員は全労働者の約7割を占めています。政府が取り組まなければならないのは、赤字企業などに対する支援です。例えば、社会保険料の負担割合を軽減するなどの措置が考えられます。

岸田首相が総裁選挙で掲げていた金融所得課税の見直しには、株式市場の急落などの要因で、やはり次年度に先送りとなりました。

欧米などは風力発電や太陽光発電になどに対する投資を促進する税制が進んでいますが、それに対しても何の言及もありません。また、温暖化ガスの排出量に応じて課税をする炭素税にも言及がありませんでした。

日本経済新聞の12月11日号で、矢嶋康次・ニッセイ基礎研究所チーフエコノミストがこの大綱について的を射たコメントをされているので紹介をします。『中長期の税の在り方がまったく見えなかった。法人税の引き下げと消費税の引き上げをセットで進めてきた流れが世界的に転換するなか、新しい税体系をどう考えるのか。カーボンニュートラルも骨太の論議から逃げた。

賃上げ税制は2013年から導入して効果がなかったものを多少変えたところで劇的には変わらない。賃上げに対応できるのは大企業だけで、赤字の多い中小企業との格差が開く皮肉な結果になるだろう。労働市場の改革をしないと持続的な賃上げは無理なのに、この10年ほど政治が議論から逃げている。

政府の税制調査会が中長期の税の在り方について論議をしないことも問題だ。』

インボイス制度、その先に~中小・零細業者を切り捨てる制度改正が待っている?~

2023年10月1日より開始予定のインボイス制度は500万社ある消費税の免税事業者に大きな税負担と事務負担を強います。財務省は、免税事業者のうち161万社が課税事業者を選択することを想定し、その税収増は2,480億円、1社あたり約15.4万円になります。この負担は経済格差が拡大している現在、決して少ない額ではありません。

さらに懸念されるのが、課税事業者を選択することを余儀なくされた事業者がどのように消費税実務をこなすかです。これまで、消費税の計算とは縁もゆかりのなかった者がにわかにその税額を算定するための申告書を自らが作成できるとは思えません。

インボイス制度が導入されれば、その先に待っているのは、現行の消費税の根幹をなす制度に大きな手が加えられる懸念です。以下、考えられることを検証してみます。

(1)簡易課税制度は縮減され、やがて廃止される

消費税の課税事業者のうち現在約4割が簡易課税制度を選択しています。また、新たに課税事業者の選択をすると思われる大半がこの制度を選択すると考えられます。

インボイス制度の導入は、「正確な」適用税率や消費税率等を明示するという趣旨です。そういう点では現行の簡易課税制度では「正確な」納税額を算定できません。

今後は、みなし仕入れ率を低くするなどの改定をして、簡易課税制度を選択すれば税負担が原則課税より重くなる状況をつくり、簡易課税選択者を原則課税の方に誘導し、やがて廃止し、「正確な」税額を国庫に納めさせようとする企図があるのではないかと危惧します。

(2)事業者免税点が引き下げられる

消費税の事業者免税点制度は、小規模事業者の納税事務負担等に配慮して納税義務を免除する制度です。現行の制度では、基準期間における課税売上高が1,000万円以下です。

インボイス制度が導入され定着したら、次に考えられるのがこの引き下げです。しかし、この制度を廃止すれば、課税当局は事務負担が増加する割には、税収は増えないということなります。要は、課税の適正化と事務処理の煩雑さを考慮してその水準が決められます。

そこで考えられるのが国際水準です。OECD加盟国の免税点の水準が、500万円以下である状況を踏まえ、現行の半分の500万円に引き下げられる可能性があります。

(3)基準期間は廃止される

基準期間という仕組みが存在するのは、日本の消費税が帳簿方式を採用しているための仕組みです。インボイス制度が導入されれば、帳簿ではなく、インボイスで事業者免税点などの判定ができるのでこの仕組みが不要になります。

換言すれば、インボイス制度により起業をすればすぐに誰もが消費税の世界へと誘われる仕組みに様変わりすることになります。

消費税の近未来を考えると空恐ろしいことになることが想定されます。さらに、待ち受けているのがさらなる消費税率の引き上げです。そうなればこの国のかたちはすっかり様変わりするでしょう。インボイス制度、止めるなら「今」です。

国際連帯税でグローバルな課題の解決を~ワクチン接種、気候温暖化、貧困問題などに有効です~

新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」は、アフリカ南部から世界各地に広がったとみられています。アフリカをはじめとする途上国では、設備や資金面の問題からワクチン接種の進展が先進諸国に比べて遅く、こうした「ワクチン格差」が感染拡大の要因となったとの見方も出ています。命の格差が広がっていることが顕在化しています。

経済が国際的に減速している一方、株価は高騰しています。数多くの人々が経済的に困窮している中で、超富裕層や多国籍企業はますますその富を増やし続けているという現象があります。しかも、その稼得した富に対してまっとうな税金を払っていません。パラダイス文書など国際的な報道機関が明らかにしたようにタックスヘイブン(租税回避地)に資金を移転するなどの方法を巧みに利用しています。

このような国際的な富の偏在を是正するには、グローバル・タックス(国際連帯税)の導入が必要です。金融取引税、デジタル課税、地球炭素税、富裕税、武器取引税などが提唱されています。デジタル課税については、12月2日の記事で触れていますが、今年大きな前進がみられました。今回は、金融取引税について考えてみます。

金融取引税とは、金融市場で取引のある金融商品の売買に対して低率の税を課するものを言います。その課税対象は、株式、債券、金融派生商品(デリバティブ)為替です。この課税の効果としては、財源調達と投機的な金融取引の抑制があります。かなり大きな財源が新たに生まれるとともに、1秒間に何百回もの売買をするような投機的取引を抑制し、マネーゲームに制限をかけることが可能になります。

この課税方式はすでにEU諸国で議論され、フランスでは時価総額10億ユーロ(130億円)以上の国内株式の購入に0.2%を課税する金融取引税を2012年に導入し、その後、税率を0.3%に引き上げています。イタリアも導入し、さらにスペインやポルトガルでもその検討をしています。

EUでは、金融取引税のことを「ロビン・フッド・タックス」と命名しています。その理由は「強きをくじき、弱きを助ける」税金だからです。日本の消費税のように「逆進性」はありません。

日本では超党派の「国際連帯税の創設を求める議員連盟」が、議員立法で金融取引税などを候補とする国際連帯税の実現をめざすことを確認しています。また、市民団体や専門家も外務省などに長年働きかけをしています。

世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は記者会見で、ワクチンの公正分配は「慈善事業でなく、全ての国にとっての最善の利益」と強調し、「ワクチン不平等が長く続けばそれだけウイルスを拡大させ、予防や予想ができない形で進化させる」とし、格差是正が急務だと訴えています。

こうした格差是正を抜本的に行うためには、利ざやを稼ぐことを自己目的化している金融取引に対して、低率で課す金融取引税は大きな効果を上げるのではないでしょうか。

国際課税の新ルールに注目が向けられています~9年越しの議論、100年ぶりの改正で大きく変わる世界の税制~

1980年代にイギリスのサッチャー政権とアメリカのレーガン政権が法人税減税に舵を切って以来、世界的な法人税率の引き下げ競争がされてきました。この際限のない引き下げ競争は結果として法人税収を引き下げ、自らの首を絞める「チキンレース」を興じてきました。「チキンレース」とは「相手を屈服させようとして互いに強引な手段をとりあう争い」と言う意味です。これは和製英語で、英語では「チキンゲーム」と言います。日米欧などが失った可能性がある税金は過去10年だけでも170兆円との試算がなされています。

経済協力開発機構(OECD)は、10月8日、多国籍企業の税逃れを防ぐための新たな国際課税ルールに関する交渉会議を開き、136カ国・地域が最終合意に達しました。合意に達しなかったケニア、パキスタン、スリランカ、ナイジェリアの4カ国については引き続き協議を進めます。

2012年に本格的な国際課税の強化の協議が始められて約9年越しでまとまりました。これは約100年ぶりのルール改正です。鈴木財務大臣は、新たな国際課税のルールで最終合意に達したことについて「100年来、続いてきた国際課税原則の見直しが、グローバルな枠組みのもとで合意されたことを高く評価する。今後、多国間条約の策定・批准や、国内法の改正に向け、引き続き各国と協調しながら取り組みたい」という談話を発表しました。

この「国際課税の大改革」は2つの柱からなっています。ひとつは「デジタル課税」、もうひとつが「法人税の最低税率」です。

デジタル課税とは、これまで国際課税の大原則として、人や施設など物理的な拠点のある国のみが課税できるとされていたものの大転換です。近年急速に成長してきたGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などに代表されるIT企業などは、インターネットを通じて世界中にサービスを提供して利益を上げる一方で、物理的拠点は法人税率の低い国のみに設置して税負担を低く抑える抜け穴がありました。新ルールでは、売上高が200億ユーロ(約2.6兆円)を超え、利益率が10%を超える企業が対象で、売上高の10%を超える利益の25%について、売上高に応じて各国・地域に配分するというものです。

もうひとつの柱が、法人最低税率の導入です。これは、一定規模以上のすべての多国籍企業に対し、最低15%の実質税負担率を課す仕組みです。単に法人税の最低税率を15%にするというものではなく、法定税率を15%以上としている国でも、税制の抜け穴や優遇措置を利用して実質税負担率を15%未満に下げている仕組みを許さない仕組みです。今回の新ルールでは、最低税率を下回る国に拠点がある企業は、親会社のある国に最低税率との差額を納めなければならなくなります。

「この合意は21世紀の税制革命だ」とフランスのルメール経済・財務相が語っています。また、アメリカのイエレン財務長官は「有害な『底辺の競争』に終止符を打つ国際ルールをすべての主要国が支持した」と歓迎声明を出しています。

完全だとは思いませんが、これを前に進めることが求められているのだろうと思います。