2010年6月18日に「中小企業は経済を牽引する力であり、社会の主役である」とうたう「中小企業憲章」が閣議決定されました。その内容を中小企業庁のホームページから検索すると以下のような内容です。
前文では、中小企業は、経済を牽引する力であり、社会の主役である。常に時代の先駆けとして積極果敢に挑戦を続け、多くの難局に遭っても、これを乗り越えてきた。~中略~現在、世界的な不況、環境・エネルギー制約、少子高齢化などによる停滞に直面している。中小企業がその力と才能を発揮することが、疲弊する地方経済を活気づけ、同時にアジアなどの新興国の成長をも取り込み日本の新しい未来を切り拓く上で不可欠である。
政府が中核となり、国の総力を挙げて、中小企業の持つ個性や可能性を存分に伸ばし、自立する中小企業を励まし、困っている中小企業を支え、そして、どんな問題も中小企業の立場で考えていく。これにより、中小企業が光り輝き、もって、安定的で活力ある経済と豊かな国民生活が実現されるよう、ここに中小企業憲章を定める。
1.基本理念
中小企業は、経済やくらしを支え、牽引する。創意工夫を凝らし、技術を磨き、雇用の大部分を支え、くらしに潤いを与える。意思決定の素早さや行動力、個性豊かな得意分野や多種多様な可能性を持つ。経営者は、企業家精神に溢れ、自らの才覚で事業を営みながら、家族のみならず従業員を守る責任を果たす。中小企業は、経営者と従業員が一体感を発揮し、一人ひとりの努力が目に見える形で成果に結びつき易い場である。
中小企業は、社会の主役として地域社会と住民生活に貢献し、伝統技能や文化の継承に重要な機能を果たす。小規模企業の多くは家族経営形態を採り、地域社会の安定をもたらす。
このように中小企業は、国家の財産ともいうべき存在である。
一方で、中小企業の多くは、資金や人材などに制約があるため、外からの変化に弱く、不公平な取引を強いられるなど数多くの困難に晒されてきた。この中で、大企業に重きを置く風潮や価値観が形成されてきた。
しかし、金融分野に端を発する国際的な市場経済の混乱は、却って大企業の弱さを露わにし、世界的にもこれまで以上に中小企業への期待が高まっている。国内では、少子高齢化、経済社会の停滞などにより、将来への不安が増している。不安解消の鍵となる医療、福祉、情報通信技術、地球温暖化問題を始めとする環境・エネルギーなどは、市場の成長が期待できる分野でもある。
中小企業の力がこれらの分野で発揮され、豊かな経済、安心できる社会、そして人々の活力をもたらし、日本が世界に先駆けて未来を切り拓くモデルを示す。
難局の克服への展開が求められるこのような時代にこそ、これまで以上に意欲を持って努力と創意工夫を重ねることに高い価値を置かなければならない。中小企業は、その大いなる担い手である。
2.基本原則(項目だけ列挙します)
中小企業政策に取り組むに当たっては、基本理念を踏まえ、以下の原則に依る。
一.経済活力の源泉である中小企業が、その力を思う存分に発揮できるよう支援する 。
二.起業を増やす 。
三.創意工夫で、新しい市場を切り拓く中小企業の挑戦を促す。
四.公正な市場環境を整える。
五.セーフティネットを整備し、中小企業の安心を確保する。
3.行動指針(項目だけ列挙します)
政府は、以下の柱に沿って具体的な取組を進める。
一.中小企業の立場から経営支援を充実・徹底する。
二.人材の育成・確保を支援する。
三.起業・新事業展開のしやすい環境を整える。
四.海外展開を支援する。
五.公正な市場環境を整える。
六.中小企業向けの金融を円滑化する。
七.地域及び社会に貢献できるよう体制を整備する。
八.中小企業への影響を考慮し政策を総合的に進め、政策評価に中小企業の声を生かす。
結び
世界経済は、成長の中心を欧米からアジアなどの新興国に移し、また、情報や金融が短時間のうちに動くという構造的な変化を激しくしている。一方で、我が国では少子高齢化が進む中、これからは、一人ひとりが、力を伸ばし発揮することが、かつてなく重要性を高め、国の死命を制することになる。
したがって、起業、挑戦意欲、創意工夫の積み重ねが一層活発となるような社会への変革なくしては、この国の将来は危うい。変革の担い手としての中小企業への大いなる期待、そして、中小企業が果敢に挑戦できるような経済社会の実現に向けての決意を政府として宣言する。
わが国の中小企業憲章はEUの小企業憲章を参考にしたと聞いています。以下、その要約をDOYU NET(中小企業同友会全国協議会)のホームページから見てみます。
(1)2000年6月にポルトガルで開催されたEU理事会で採択された文書である。
(2)EUでは企業を大企業(従業者数250人以上)、中規模企業(同50~249人)、小企業(同10~49人)、マイクロ企業(同10人未満)に分類している。
(3)この憲章の内容から理解できるように小企業の役割を評価し、それを支援することによって中小企業総体の役割が大きくなることを目指しているのである。
(4)2002年のEU報告書には、「小企業を第一に考えることこそ、EUの企業政策のエッセンスである」(Think small first…)と記述されている。なお、小企業といっても日本における“小規模企業”あるいは“小零細企業”とはその範囲がより大きい規模の方向にずれていることに注意すべきである。
(5)“憲章”の語義として、三つ挙げられている。①契約的性質をもつ国家の根本法に付される名称。例えば13世紀イギリスの大憲章(マグナ・カルタ)。②国家間の文書による合意で、特に多数国間の条約に付される名称。例えば、国際連合憲章。③公的な主体が一定の理想を宣言する重要な文書に付された名称。例えば、1950年の児童憲章。これらの語義からすれば、この小企業憲章は②と③の意味を含むと考えられる。
(6)以上から考えられることは、この小企業憲章は単なる象徴的な存在でなく、確かな現実的な存在であるということである。
ヨーロッパ小企業憲章(翻訳:中小企業家同友会全国協議会)
小企業はヨーロッパ経済の背骨である。小企業は雇用の主要な源泉であり、ビジネス・アイディアを産み育てる大地である。小企業が最優先の政策課題に据えられてはじめて、“新しい経済”の到来を告げようとするヨーロッパの努力は実を結ぶだろう。~中略~小企業は、ヨーロッパにおける社会的・地域的統合はもとより経営革新、雇用創出を推進する存在として認識されなければならない。
それゆえに、小企業経営と企業家精神のための最良の環境が創造される必要がある。
諸原則
上記のことを推進するに当たって、われわれは
1.あたらしい市場のニーズに対応することや雇用を用意することにおいて、小企業がもつダイナミックな諸能力を承認する。
2.社会的かつ地域的発展を促進し、しかも、進取の精神と参加の模範となって行動する小企業の重要性を強調する。
3.企業家精神を、責任のすべての水準における貴重で生産的な生活技能(スキル)として認識する。
4.成功した企業に拍手を贈る。その企業は公正に報いられるだけの価値がある。
5.どのような失敗であれ、それは責任を負うことができる率先と危険覚悟を伴っており、大部分学習機会として考察されなければならないと考える。
6.“新しい経済”においては、知識、貢献、柔軟性などの諸価値を認識する。
EUにおける小企業経営の状況は、企業家精神を奨励し、現行の諸対策を評価し、必要ならば、それらを小企業に役立つように変え、政策立案者に対して小企業経営のニーズに正当な考慮を払うことを確実にする行動によって、改善されることが可能である。この目的のために、われわれは誓約する。
1.ヨーロッパの企業経営がこれから先のさまざまな挑戦に立ち向かえるように、経営革新意欲と企業家精神を高める。
2.企業家の活動の助けになる、規制上・財政上・行政上の枠組みを完成し、企業家の地位を改善する。
3.最も負担の少ない必要条件の基礎の上で、最重要な公共政策の目標と両立する市場へのアクセスを保証する。
4.最良の研究や技術の利用を容易にする。
5.企業のライフサイクル全般に亘って、金融の利用を改善する。
6.われわれの成果を継続的に改善する。そうすれば、EUは小企業経営に対して世界で最良の環境を提供するだろう。
7.小企業経営の声に耳を傾ける。
8.最優良の企業経営に対する支援を促進する。
行動のための指針(項目だけ列挙します)
われわれは、この憲章を支持することによって、小企業経営のニーズに正当な考慮を払いながら、以下の行動指針に沿って活動することを約束する。
1.企業家精神のための教育と訓練
2.費用や時間のヨリかからない開業
3.ヨリ良好な法制と規制
4.技術・技能の獲得
5.オンライン利用の改善
6.単一の市場からのヨリ多くの成果の実現
7.税制と金融問題
8.小企業の技術的能力の強化
9.成功するe‐ビジネスモデルと最優良小企業経営の支援
10.EUおよび各国レベルにおける、小企業の利害のヨリ強力でヨリ効果的な代表の発展
この中で感心するのは、日本の産業政策と違って小さいところから考える思考が必要だと思います。Think small firstという部分です。
日本の企業のうち中小企業が99.7%を占め、そこで働く人が約7割です。その部分を「Think small first」すべきです。
具体的には、中小企業庁は経済産業省の外局ですが定員は202人です。防衛省の外局である防衛設備庁の定員は1,379人です。「Think small first」の思考で考えると、防衛設備庁の定員を超えてその定員は10倍あってもおかしくありませんし、中小企業大臣の存在も必要なのかもしれません。
政府が6月にまとめた、いわゆる「骨太の方針」に中小企業・小規模事業者の発展を期する日として「中小企業の日」を制定する日が盛り込まれるのではないかという期待があったが、実際は盛り込まれなかったのです。
政府には「Think small big」の思考はあっても、「Think small first」の思考はないのではないかと思われます。国際的には「世界中小企業の日」の制定の動きがあります。例えば2015年に国連で発表された持続可能な発展目標がそうです。その動きに呼応をしなければ日本経済の「格差問題」は解消されるはずもありません。
私は昨年末に、中小企業のあるべき姿を投影するような番組を2本観ました。まずは、TBS系の日曜劇場で「陸王」という番組でした。直木賞作家で「下町ロケット」などで有名な池井戸潤原作のドラマ化です。「国際的な大手シューズメーカーの長距離用のハイテクシューズに、昔から使われてきたが今はほとんど使われていない足袋の技術を改良して、様々な圧力をかけるシューズメーカーに屈せずに、最後は涙なしに観られなかった感動的な大逆転を演出した場面になった物語」を、足袋メーカー「こはぜ屋」の社長を演じた役所広司の演技力のすごさや、若手の人気俳優の山﨑賢人、竹内凉真のさわやかな演技を堪能しました。
もう一話は、「町工場の娘、主婦から社長になった2代目の10年戦争」を出版したダイヤ精機社長の諏訪貴子の実話をNHK名古屋放送局が「総合ドラマ10」で放映したものでした。物語は「主人公が父の急逝によりダイヤ精機の社長を引き継ぐことになったが、様々な障害にぶつかりながらも女性ながらの経営手法を導入することにより、赤字経営から黒字化した奮戦記」を「マチ工場のオンナ」というタイトルで久々に内山理名が主演で好演する番組でした。
私は、1999年から2014年までの15年間で中小企業の数が100万社以上の減少し、団塊の世代が後期高齢者になる2025年になるときまでに、どれだけ中小企業の数が減少するか不安でたまりません。中小企業・小規模事業者が減れば、雇用が失われ、税収も減り、その地域が疲弊することに、政治家や政府が気づかないのか、気づいているのに気づかないふりをしているのかわかりませんが、その感性に危機感を抱いています。