「『選手だけがやりたいと言うのはわがまま。皆さんに五輪が見たい、選手が輝く瞬間を見たいと思わせないと』昨年12月、陸上の東京五輪選考会で女子1万㍍の日本新記録を18年ぶりに更新し、日本代表に決まった新谷仁美選手は喜びとともに現状を冷静に口にした。
五輪を史上初の延期に追いやった新型コロナウイルスの猛威はいまだに収束せず、国内の大会機運もしぼんだままだ。緊急事態宣言が再発令された直後に共同通信が行った世論調査では、中止と再延期を求める声が合わせて80.1%に上った。不安を打ち消そうと、政治家や主催者が揺るぎない姿勢を口にするほど、国民との温度差が広がる悪循環。そのはざまでスポーツ選手は身を小さくしている。」と報じています。(1月29日付、日経)
また、日本オリンピック委員会(JOU)理事で元柔道選手の山口香さんは、国民の大半が五輪の再延期・中止を求めていることについて「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の発出や変異型への懸念もあり『残念だけど、難しい』というのが冷静で、現実的な感覚だろう」と語っています。(1月26日付、朝日)
ところが菅首相は1月7日に緊急事態宣言を発出した際に、ワクチンの普及によって「(五輪に対する)国民の雰囲気も変わってくるのではないか」と述べていましたが、ワクチン頼みが無理なのがわかると「ワクチンも前提にしなくても安心・安全な大会を開催できる」と何も根拠を示さず言い出しました。そして、政府は東京五輪を「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」にすると開催の姿勢を崩していません。
この夏のオリンピック開催にはさまざまな問題点があります。
第一にワクチンの問題です。一部の国ではすでにワクチンの接種が始まっていますが、集団免疫については世界保健機構(WTO)が今年中に達成することが困難だとしています。
第二に「フェアな大会」ができるかどうかの問題です。各国の感染状況による練習環境のなどの違いやワクチンの接種の先進国とそれ以外の国の格差の問題もあります。
第三に医療体制の問題です。熱中症対策だけで1万人の医療従事者が必要とされていますが、これにコロナ対策を加えれば医療体制逼化の中さらなる人員と費用がかかります。
オリンピック憲章はその根本原則の2において「その目標は、スポーツを人間の調和のとれた発達に役立てることにあり、その目的は、人間の尊厳維持に重きを置く、平和な社会推進することにある」とし、また4では「スポーツを行うことは人権の一つである。すべての個人はいかなる種類の差別もなく、オリンピック精神によってスポーツを行う機械を与えられなければならず、それには、友情、連帯、そしてフェアプレーの精神に基づく相互理解が求められる」としています。
新型コロナウイルスは、世界の格差をさらに大きくしています。今は少し立ち止まって、「五輪開催ありき」の前のめりの姿勢から、その是非をオリンピック精神に基づいて根本的に見直すことが必要ではないでしょうか。国際オリンピック委員会(IOC)を含め徹底的な論議をすべきでしょう。