「事務所の月次顧問先さんが滞納していた消費税、源泉所得税とその付帯税、合計約120万円が昨日、差押えになりました。差押物件は今月末に入金予定の売掛金です。この社長や奥さんはすごくいい人なので何とか解除してもらえないでしょうか、そうしないとたちまちの運転資金が枯渇してしまいます。」と弊社の担当スタッフからSOSが私に入ってきました。
とにかく、お客様の会社に行って事情を聞くしかありません。残っていた業務を急いで済ませ、会社に駆けつけました。そしてお話しを聞きました。
まず驚いたのは、社長夫婦のご長男が、差押えがあった3月8日の前日、つまり7日に某国立大学に合格して、夫婦で喜んでいた矢先のまさかの差押えだったことです。文系の私にはよくわかりませんが「宇宙物理学」という勉強をしたいので、一浪をしての「サクラ咲く」だったようです。私立大学も3校受けてすべて合格したのですが、センター試験の点数が予想外に良かったので、入学金をどの大学にも払わなかったそうです。本人も一浪して第一志望の大学に合格したことは、殊の外嬉しかったでしょうが、ご両親の方が本人以上にその喜びを体感されたのではないでしょうか。
奥様に話を聞くと、せっかく貯めていた大学進学のための資金を会社の運転資金にしていたのです。それに対する罪悪感なのか最近うつ状態になっていたそうです。通常は、差押えがある場合は「差押え予告書」が交付されるのですが、税務署に対する当初の支払い計画が順調にいかなかったので余計に足が遠のき、昨年末に交付された未納額明細表以外の書類は中身を見ずに処分したということでした。
この会社は、私どもの税理士法人に変わる前の他の税理士事務所の初期指導に問題があり、貸借対照表の借方に社長貸付金が多額にあります。また、担保になるものが何もないので、金融機関に既にリスケをしていますし、信用力のなさの証なのでしょうか、金利が異常に高いのです。
また、社長と奥さんとのパパ・ママ工務店で、社長の大工としての腕は良いのですが「偏屈」「頑固」が災いして営業ができるタイプではないのです。しかも、消費税が増税する前に駆け込み需要があったものの、増税後の売上はサッパリなのです。そうした中で、女性経営者で女性の感性を大事にしたリフォーム会社との接点ができました。まさに、私どものお客様である会社にとってはまさに「希望の星」でした。しかし、その女性社長の会社も創業して間もありません。その女性経営者の会社に対する売掛金を差押えされたのです。
広島国税局の徴収部機動班から出向してきていると思われる徴収官が女性経営者の会社に赴き債権差押通知書を作成し、女性社長がそれを受領したのは3月8日16時55分と債権差押通知書に記載されたそうです。その徴収官と入れ替わるように、月末の運転資金をお願いしていたある銀行の営業担当者がやってきて、女性社長は、私どものお客様である会社に支払うべき未払金の一部が差押えになった旨を銀行の営業担当者に伝えたところ当初は「問題ないでしょう。」と言うことだったのです。そして、女性社長は私どものお客様にすぐに連絡をしてくれ、「税務署の差押えの件や銀行での借入れの決済のことについて心配しなくて良いのでこれからもよろしく。頑張ってくださいね。」と電話を切られました。
しかしその10分後に再び女性社長から電話があり、その銀行の営業担当者が私どものお客様である会社の発行した領収書がないと貸付けができないという支店からの指示があったので、今晩中に領収書を持ってきてくださいと不機嫌な様子に変わっていました。
社長は、女性社長の会社との今後の継続的な仕事ができるかどうかということと、売掛金もまだ貰っていないのに「前日付」の領収書を発行して良いものかどうか頭を抱えていました。
私は女性社長に電話をして、徴収担当官の名刺をFAXして貰おうと私どもの社長に頼んだところ、女性社長は徴収官が作成したすべての書類をFAXで流してくれました。一連の文書で「差押債権の振込口座」がありました。口座番号等が記載されている「記」より上3行目のところに「納税者から苦情等ございましたら、当署あて出署又は連絡するようにお伝えください。」という一言があったので、これを活用することにしました。
早速、国税局の機動班の職員が差押えをしたことや、差押えをするにあたり適正な手続きができているかどうか疑問だったので、総務課長と話をするため、16時過ぎに所轄署に連絡をしました。あいにく総務課長は出張で留守でしたが、総務の職員に適正手続きができていない可能性がある、約120万円を差押えられるとお子さんの「サクラ咲く」が夢物語になる蓋然性が高い、得意先との信頼関係が崩れてしまうなどを告げ、翌朝一番の8時半に、社長、奥様、私が総務課長と面談することを約束しました。
余談になりますが、実はこの総務課長と私は一定の信頼関係があります。それは、ひどい税務調査の後始末で私どもの事務所に相談に来られた納税者の方について、十分な聞き取りをし、当該税務署長宛に「抗議文」を提出すると同時に個人情報開示請求書により調査経過記録書を請求したところ、「自分たちは正しいことをしているつもりだが、特に税理士非関与の調査については、もっと納税者の理解と協力を得るようにしなければ税務署と納税者の信頼関係は構築できない。」と調査担当者に教育的指導をしてくれた人なのです。その後、別件でその署に行ったときに、総務課長を表敬訪問した際「先生のおかげで、調査の現場の実情を知ることができありがとうございました。今後とも、苦情等があったら何でもお申し付け下さい。」との会話を交わしていた女性総務課長でした。その後も、その署に赴くときはお互いに挨拶をする関係になっていました。
さて本題に戻りまして、翌日、10分程度社長と奥様と打ち合わせをした後、総務課長と面談しようと思ったら、徴収の統括官も同席ということになりました。社長は口下手だし、奥様はうつ状態だったので、私がシナリオを作り、事実関係や要望事項などを述べました。シナリオは、①事実関係→省略、②心配していること→やっと掴んだわが社にとっての「希望の星」である得意先に滞納の事実が分かることになった。そのことで、今後の継続的な取引ができなくなるのではないか。差押えされた金額は、長男の進学資金として当てにしていたものであったこと。その得意先の売掛金以外に資金化できるものはなく、個人の預金も10万円位しかないこと。借入れをしようと思ってもリスケ中なので新規融資は無理であること。得意先の融資などに支障が出てしまうことはとても心配であること。③なぜ資金繰りが悪化したのか→消費税が5%から8%になったのが主たる原因であること。④延滞に至った経過とデュー・プロセスの適正性→本当に税金に支払うお金がなかったこと。結果的に払えないのに署に赴くことや、電話することは精神的に辛かったこと。それについては深く反省していること。差押え予告書は見ていない。適正手続きが本当にされたかどうか分からない。⑤結論→即刻差押えを解除すること。失われかけている得意先との信頼関係をどう修復するのか。滞納している税金は少しずつでも返済すること。換価の猶予を職権でして貰うこと。
それに対し徴収部門の統括官は、「署の方から何回も電話連絡をしたりしたが一向に電話にでられないので、それまで担当していた再任用の職員が昨年退職してからは、新しい担当者が9月に連絡票をポストに入れた。その後も電話や訪問をした。そして、最後通牒として2月22日にポストに差押え予告書を入れた。その後、財産調査をしてその過程の中で売掛債権の存在を発見した。平成22年分の滞納もあるのに当然の措置である。」とかなり強い口調で答えました。
奥様が堅い口を開き、「本当に会社の仕事がないので私は明け方までパートの仕事をして家計支え、長男のための進学資金を貯めてきたのにそのお金も…そして会社の運転資金まで手を付けてしまった。」と涙ながらに話をされた。「本当にお金がないんです。何とかならないんでしょうか。息子の頑張りを親として無駄にはできません。」と絞るように話されました。明らかに風向きが変わってきました。
最後の最後に、昭和35年1月に書かれた我妻栄先生(私が学生時代に民法を少しかじったときには「我妻民法」と呼ばれていた民法の権威者で東京大学法学部教授でした。私が学んだときには既に鬼籍に入られていました。)が、租税徴収制度調査会の会長をつとめられた感想を、国税徴収法精解のはしがきに書かれていることを紹介しました。大事な部分だけ引用すると「~新国税徴収法の認める租税債権の優先的効力も、その徴収に当たって用いる強制力も、その運用を極めて慎重にすべきことが諒解されていることである。~いいかえれば、これらの優先的効力の主張も、強制力の実施も、真にやむを得ない場合の最後の手段としてはこれを是認せざるをえないと考えたからである。従ってまた、徴税当局がこれらの制度の運用に当たっては慎重の上にも慎重を期することが、当然の前提として諒解されるのである。~」それを一気に読みました。
総務課長は「私は徴収のことは余り分からないけど何とかならないの。」の一言に続いて徴収部門の統括官が「私も、徴収の仕事を40年やってきたので、いろいろなことを経験しました。裏切られもしました。でも、最近、定年間近になって少しだけ人を見る目ができてきました。順番は逆になりますが、明日中には差押解除通知書を出しましょう。」という顛末になりました。私も余りにも潔い対応に驚きました。
社長や奥様の親としての子どもに対する責任や誠実な態度、そして奥様の絞り出すような声が統括官を動かしたのだろう思います。
統括官は、「順番が逆になるので差押解除通知書に必要な書類は速やかに出してくださいね。先生も忙しいことは重々分かっていますが納税者の方の書類作成の援助と次回の同行もお願いしますね。11日には送付できます。そのときに必要書類を書いておきますのでよろしくお願いします。週明けの14日の朝一でどうでしょうか。」納税者も私も同意しました。
この決済は、県下で一番大きな税務署の特別国税徴収官の決済も必要だったのでしょうか。書類にその官職の名前も出ていました。
対応した部屋を出る前に総務課長が、私が読んだ「我妻栄先生の書き物をコピーさせてください。私も勉強したいんで。」コピーを取っている間に徴収部門の統括官も、「実は税務大学校で我妻先生の民法は勉強させていただきました。」との弁。コピーから返って来られた総務課長も「我妻先生の民法は、税務職員にとってもバイブルなんですよ。」と我妻先生論議に花が咲きました。
14日、徴収部門の統括官が「既に、納税者からの換価の猶予の申請はできませんので、職権で換価の猶予をやります。これをすると延滞税の税率が9.1%から2.8%に下がりますから。それとおそらく一年では完納は無理でしょうから、毎月返済可能な金額を記載して貰って、最後の月に残額を記載してください。残額については1年後に相談しましょう。その代わり今後発生する、消費税や源泉所得税は必ず期限内納付をしてくださいね。そうして貰わないと、この計画が元の木阿弥になりますから。先生もその当たりのアドバイスをよろしくお願いしますね。」これまた、驚きの措置です。
「なぜ、そこまでの配慮をしてくれるのですか。」と私が聞くと、「前回の話を聞いて、何の対応もしなければ、ある種のいじめになります。私は結婚が遅かったので、これから高校受験をする子どもがいます。1人の人間として共鳴するものがあります。」
女性の徴収官が担保提供書や納税保証書をつくっていました。ところが収入印紙200円が要ることに気づきました。聞けば税務署には売っていないとのこと。社長も奥さんも書類作成に一生懸命でしたので、私が近くのコンビニまで走って5分で何とか調達してきました。
書類がすべてできあがり女性徴収官がコピーしている間に、統括官は、「消費税増税に反対だ」と力説していました。それはどうしてですかと尋ねると「価格転嫁がなかなかできないのがこの税の本質です。だから滞納も増えるんです。」「定年になっても、税理士にはなりません。だって、それでは飯が食えないので。さりとて、共済年金が満額もらえる65歳になっても、その額では生活できませんね。同世代の人は皆さん同じことを考えているのではないでしょうか。だから個人消費が増えないんですよ。」
本当にその部分は私も共鳴するし、そんなことまで言っていいの?と思うほどでした。税務職員も組織人の側面と人間としての側面と両方持ち合わせていることを痛切に感じました。しかし、一方で当局では、徴税・徴収マシーンの製造もされているのもこれまた真実でしょう。だから、国税職員にはメンタルな病気の人が多いのではないでしょうか。
今般の総選挙で安部総理は、2019年10月からの消費税の増税の使途を借金の返済から変えて、「子ども」を人質に取り、野党のごたごたの不意を突いて大勝しました。しかし、安倍首相が「景気も回復した。株価もどんどん上昇しているでしょう。」といっても足下の経済はまるで実感がなく、デフレ傾向は継続しています。
このまま、本当に消費税を増税すれば、庶民の生活はますます疲弊し、中小零細企業は、消費税の滞納がますます増えてきて「消費税倒産」の憂き目に合うところが出てくる蓋然性は極めて高いと思います。