法人を設立して10年目で、やっと税務署のお出ましとなりました。この会社は、とても特殊な技能をもっているため、世界中から引き合いが来たりすることもあり、うなぎ登りで成長を続け、今では売上高も利益も納税もびっくりするくらいです。この会社の強みは社長の交渉力、いわゆるネゴシエーションのうまさにあります。たとえば私どもとの顧問料についても、大変厳しく値切ってきます。しかし、社長の饒舌にいつの間にか社長のペースに巻き込まれます。ただ、値切るのではなく、売上や利益が目標に達したら提示された顧問料を払うと宣言し、毎年宣言された目標通りになるので、ありがたいことに毎年顧問料金を上げてくれます。私どもの事務所が、利益が上がるノウハウや節税戦略をアドバイスします。 完全に、経理が自前でできているので、月一回訪問のときは、ほとんどが雑談めいたことばかりです。しかし、その社長は、その雑談から世界の動きや他の業界の動向、自分の会社の戦略会計の肝を、節税のノウハウを通してやんわり聞いてきます。だから、訪問する前には、新しい世間の動きを調べて訪問するので、すごく勉強になります。しかも、訪問時には、もろにそんなことを聞かずに、ユーモアを交えての雑談から自分のペースで話を進めて行きます。
会社が急成長していたので3年目の決算・申告が終わった頃から税務調査のことは、当然意識していましたが、待てど暮らせど税務署の事前通知は来ません。そして、納税額が4,000万円を超えた10年目に税務署のお出ましとなりました。
いよいよ税務調査の当日になり、社長は、何時ものようにマイペースに二人の税務署員に話をします。税務署員も社長のペースに引き込まれて行きます。いつもは、税務調査の中で調査理由の開示を正面からしても、納税者の主張と税務署の主張のガチンコ勝負でお互い譲りません。ときにはそれだけで、半日を費やすことも多々あります。最後は、当方から、売り上げと仕入れとの関係、人件費、交際費で考えたらいいですね、と妥協案を出しますが税務署のほうは、他に調べたいことが出てきたらそれも調べさせてもらいますからとのやり取りになります。
ところが、社長は雑談の中で、調査理由の開示を聞いてしまいました。大したものです。 臨場調査は3日間でしたが、どの証憑書類を見てもおかしなものは出てきません。というよりは、一枚一枚の解説に社長の話が、税務署のへの皮肉やそんなところで働かないで、うちで働かないかとほとんどのジョークの世界に税務調査は、一向に進みません。ついに約束した3日間があっという間に過ぎて終いました。
困り果てた税務署の職員は、最終日にコピー機を持参して、社長にコピーを求めてきました。社長は、「コピーをするのは構わないけど、一枚1,000円だ」と言い放ちました。これには、私も税務署員も唖然としました。 その理由も、説得力が在りました。一枚一枚の書類が、わが社の経理課や人事課、営業課の汗と涙で作成した、わが社のノウハウなのに、10円でコピーされては、社長として部下に説明がつかないし、税理士事務所のノウハウも10円とは合点が行かない。 税務署員は、何の抵抗もすることなくコピー要求を取り下げました。
この税務調査の結末は、読者の想像にお任せしますが、あれから10年、業況は右肩上がりなのに税務調査の兆候は何もありません。 一枚1,000円と言うことが、とっさにでることは、この社長のキャラクターそのものであり、こんな発想が瞬時に浮かんだ応用力に対して敬意を払いました。